利用者は企業に不信を抱いて個人のデータを預けない。企業はネットの向こう側にいる利用者が健全か悪徳か区別できず、踏み込んだサービスを提供できない――。相互不信が日本のネットサービスの成長を阻害している。

 東日本旅客鉄道(JR東日本)のSuica乗降履歴販売、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とヤフーの情報連携、大阪駅ビルの顔識別実験。利用者への丁寧な説明がないまま個人のデータを活用する事例が相次ぎ、利用者は企業に不信感を募らせた。

 利用者のデータを大量に集めることに成功しているのは、今のところ米グーグルなどのグローバル企業だ。慶応義塾大学の村井純教授は「大学の学生はプライバシー上の問題があれば世界で大きく報道されるはずだからとの理由でグーグルをなんとなく信用し、データを抵抗感なく預けている」と証言する。

 これまでグーグルや米アマゾン・ドット・コムなどの海外勢にデータを奪われる一方だった日本企業。ここにきて、利用者と企業との不信を払拭し、データを使った新たなビジネスモデルを模索する動きが始まった。

みずほ電子マネーの狙いはコスト削減だけじゃない

 みずほフィナンシャルグループ(FG)が2017年10月20日に構想を明らかにしたデジタル通貨サービス「J-Coin(仮称)」は、個人の決済を便利にする可能性を秘める。

図 みずほFGが提唱した「J-Coin」のビジネス構造
図 みずほFGが提唱した「J-Coin」のビジネス構造
目的は決済情報の集積と信用スコアリング
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 電子マネーが普及して現金を使わなくなれば日本全体で年間数兆円とされるATM(現金自動預け払い機)関連のコストを減らせる点を訴え、他のメガバンクや地方銀行にも広く参加を呼びかけて共同発行することを目指す。各行がコイン発行会社に出資し、発行会社が資金移動業者ないし前払式支払手段(電子マネー)発行事業者となって決済サービスを運営する構想を描く。東京オリンピック・パラリンピックが開催される東京都を中心に、2020年までにコンビニなどで使えるようにする。

 デジタル通貨を早期に実現できれば、ブロックチェーンを採用するかを含め、技術的な仕様にはこだわらない考え。みずほFGは「MUFGコイン」を開発する三菱UFJフィナンシャル・グループなどと2017年11月にデジタル通貨の協議会を立ち上げた。

 実はJ-Coin構想には、ATMコスト削減のほかにもう1つの目的がある。「決済履歴データの活用だ。電子マネーサービスの提供はその収集手段である」と、みずほFGデジタルイノベーション部の辻和幸シニアデジタルストラテジストは明かす。

 日本には既に数十の電子マネーサービスが存在するが、銀行は身分証などによる本人確認済みの顧客を抱え、顧客も許認可制の業種として銀行に一定の信頼を置いている。一般企業に比べてデータを収集・活用するうえでの強みがある。

 J-Coin事業の主な収益は、決済手数料ではなく決済履歴データの活用から得るという。個人の同意に基づいて参加行や加盟店に有償でデータを提供し、商品開発やマーケティングなどに生かしてもらう。みずほFGは決済履歴データを通じて利用者の信用力をスコアリングし、スコアの高い利用者は融資枠や金利などで優遇する事業も検討している。「データの収集自体は参加企業間で競争すべき領域ではない。集めたデータを各社が共通に利用できるようにして、データ活用で競争するのが理想だ」(辻シニアデジタルストラテジスト)。