遺伝子解析の成果が医薬や農業だけでなく、さまざまな産業に生かされ始めた
遺伝子解析の成果が医薬や農業だけでなく、さまざまな産業に生かされ始めた
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 2018年は、生物を利用した物質生産が前進する年になる。

 木材や海草など有機性資源を再利用する「バイオマス」の分野では、鋼鉄の5倍程度の強度を持つ新素材の普及が期待される。自動車の車体や建築材料の他、食品、化粧品など様々な分野で利用が検討されている。

 遺伝子組み換えによって蛋白質や化成品を作り出す「バイオテクノロジー」の分野では、最新のゲノム編集技術を取り入れることで、従来作れなかった化成品の生産が可能になっていく。

 バイオマスやバイオテクノロジーによって、化石燃料の多用がもたらす環境問題を克服しつつ、新たな産業振興と経済成長を実現する。これを「バイオエコノミー」と呼び、世界各国が振興策を打ち出している。

セルロースナノファイバー、自動車を軽量化

 生物を利用したものづくりの分野で産業界に今後、最も大きなインパクトを与えそうなのは「セルロースナノファイバー」だ。

 セルロースナノファイバーは、木材の繊維を一ミクロンの数百分の一以下のナノメートルサイズの太さにまで微細化したバイオマス素材のこと。重さは鋼鉄の5分の1程度と軽量ながら、鋼鉄の五倍程度の強度を有し、熱による変形は石英ガラス並みに少ないなど、数々の特徴を持つ。

 このセルロースナノファイバーを、樹木を原料に低コストで量産できるようになれば、炭素繊維やガラス繊維の代わりにプラスチックに配合し、自動車の部品や車体、建築材料をはじめ、様々な分野で広く利用されると期待されている。

 主に石油から作られるプラスチックに配合して利用する以上、完全な脱化石資源につながるわけではないが、自動車や輸送機器の軽量化が進めば、それらを動かすために消費されてきた石油資源を節約できる。

TEMPO触媒で酸化し、透明ゲルになったセルロースナノファイバー(左)
TEMPO触媒で酸化し、透明ゲルになったセルロースナノファイバー(左)
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 セルロースナノファイバーの産業利用の可能性を広げたのは、東京大学大学院農学生命科学研究科、生物材料科学専攻の磯貝明教授、齋藤継之准教授らが考案した「TEMPO酸化」と呼ばれる技術だ。

 木材の繊維質を細かくほぐしていく過程で、TEMPOという触媒で処理してから水に入れると、太さ3ないし4ナノメートル程度のセルロースナノファイバーの表面がマイナスの電気を帯び、一本一本が反発しあってバラバラになる。物理的な力をかけてほぐしていくよりも効率良く、かつ均一に木材をほぐすことができ、その溶液は透明になる。それを乾燥すると透明なフィルムとなることから、太陽電池やディスプレーなどの透明基板などにも利用できると見られている。

 しかもTEMPO酸化を施したセルロースナノファイバーは、表面に様々な金属を化学結合できることから、消臭や抗菌の性質を持たせることも可能だ。すでに2015年にはTEMPO酸化したセルロースナノファイバーに抗菌・消臭機能を付与し、それを使った大人用紙おむつを日本製紙クレシアが発売している。

 日本製紙は2017年4月、宮城県石巻市の石巻工場内にTEMPO酸化技術を採用したセルロースナノファイバーの量産設備を完成させた。生産能力は年間500トンと世界最大級だ。さらに同社は6月に静岡県富士市の富士工場でセルロースナノファイバーを配合したプラスチックの実証生産設備を、9月に島根県江津市の江津工場で食品や化粧品向け添加材用のセルロースナノファイバーの量産設備を、それぞれ稼働させた。