一般にディープラーニング(深層学習)を用いたAI(人工知能)を実現するには、膨大な学習用データを用意したり、開発スキルを習得したりすることが必要だ。ユーザー企業が個別に開発するのはハードルが高い。

 そこで注目を集めているのが、深層学習の技術を使い、見る、聞く、理解する、話すといった人のような認知機能を実現するクラウドAIサービス(以下、認知AI)だ。米アマゾン ウェブ サービス、米マイクロソフト、米グーグルなどの主要なクラウド事業者が提供している。

 学習済みで出来合いのAIであり、ユーザー企業は用途ごとに最適なニューラルネットワーク(深層学習で多く使われる仕組み)を組み上げたり、学習用データを用意したりする必要がない。

 認知AIの機能は、Web API(Application Programming Interface)で呼び出して利用する。認知AIの機能を容易にシステムに組み込める利点は大きく、導入企業が増えつつある。本特集では先行ユーザーの事例を通して、クラウドの認知AIの利点や活用するうえでの注意点を解説する。

AIと鏡による新しい広告配信システムを開発

 「独自に認知AIの利用環境を整えるのに比べて、クラウドを使ったことで開発期間やコストを大幅に削減できた」。博報堂 ビジネスインキュベーション局 スダラボ エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの須田和博氏は、クラウドの認知AIの活用をこう振り返る。

左から博報堂アイ・スタジオ 広告新商品開発室 プロダクトマネージャーの本馬大基氏と、システム開発部 バックエンドチーム プログラマの河津正和氏、博報堂 ビジネスインキュベーション局 スダラボエグゼクティブ・クリエイティブディレクターの須田和博氏
左から博報堂アイ・スタジオ 広告新商品開発室 プロダクトマネージャーの本馬大基氏と、システム開発部 バックエンドチーム プログラマの河津正和氏、博報堂 ビジネスインキュベーション局 スダラボエグゼクティブ・クリエイティブディレクターの須田和博氏
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 博報堂は2017年3月、クラウドAIと鏡を組み合わせたターゲティング広告配信システム「Face Targeting AD」を発表した。システムの中核となるのは、マイクロソフトが提供するクラウドサービスMicrosoft Azureの認知AIサービス群である「Microsoft Cognitive Services」だ。このサービスを活用し、約4カ月で開発した。

 Cognitive Servicesでは、画像に写っているものを識別する、自然言語の意図を理解するといった認知AIの機能ごとにAPI化している。博報堂はCognitive Servicesの中から顔認識の「Face API」と、感情認識の「Emotion API(開発中にマイクロソフトがFace APIに機能集約)」を利用。鏡の前に立った人物の特徴や顔の表情を認識し、そのときの感情や状態に合わせた広告を表示する。「疲れているときは栄養ドリンクを表示したり、悲しそうな表情をしていれば思い切り泣ける映画の広告を出したりする」(須田氏)といった具合だ。

クラウドAIで人の感情に合わせた広告を鏡に表示する「Face Targeting AD」
クラウドAIで人の感情に合わせた広告を鏡に表示する「Face Targeting AD」
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 Face APIやEmotion APIに人物の画像を入力すると、性別や年齢、眼鏡の有無に加え、怒りや喜びといった感情の度合いを示した数値が判定結果として返ってくる。開発過程で課題となったのが、判定結果の調整だ。