人類は2045 年にシンギュラリティ(技術的特異点)を迎え、AI(人工知能)が人間の能力を超えるという。政治、経済、社会全体の構図が一気に塗り替わっていく。今はその実現に向けたステップを着々と歩んでいる段階だ。IoT(Internet of Things)を発展させ、人の脳と脳を直接つなぐIoS(Internet of Synapse)なるものの研究開発も進んでいる。

 テクノロジーは人を、社会を豊かにするものでなくてはならない。世界の在り方が根本的に変わっていこうとする中、新しい社会を創造するために必要なことは何かを考えてみたい。

お金をかけずに暮らせる社会、その実現が目前に迫っている

 シンギュラリティがもたらす社会形態の1つとして予見されているのが「限界費用ゼロ社会」だ。生活や仕事に必要な多くのモノやサービスがほぼタダになるという。

 分かりやすい例がコミュニケーションサービスだ。スマホが登場し、基本的な通信費はかかるが、昔と比べれば料金はだいぶ安くなった。SkypeやSNSなど無料でコミュニケーションできるサービスもたくさんある。エネルギーもタダに近づいていく。太陽光をはじめとする自然エネルギーの活用と普及が進むからだ。やり方次第でタダで電気を使えるようになる。電気自動車が普及すれば、車もタダで乗れるようになる。物流も変わっていく。3Dプリンターが進化・普及すれば、消費地で求めるものを作れてしまう。“Make or Delivery”という選択の時代が訪れ、物流に頼らないモノの流通や消費が可能になるかもしれない。

 今、世界では富の集中による所得格差や資産格差が大きな問題になっている。限界費用ゼロ社会の到来で、この問題は解決できるか。残念ながら、それは難しいと私は考える。これをやるにはトマ・ピケティが『21世紀の資本論』で指摘したように、世界が歩調を合わせて資産課税のようなものに取り組む必要があるからだ。その実現は非常に難しい。

 だが、多くのモノやサービスを誰でも等しく利用できるようになれば「豊かさの格差をなくす」ことはできるだろう。一定の所得格差や資産格差はあるけれど、豊かさの格差を感じない社会をつくる。こういうロジックで、限界費用ゼロ社会を受け入れていくべきと考えている。

 ヨーロッパでは最低限の生活に必要な額の現金を政府が無条件で給付するベーシックインカムの試験導入も始まっている。限界費用ゼロ社会に向けて、人々の生活コストの負担はどんどん少なくなる方向に進んでいる。

 これをビジネスの観点で見るとまた違った様相が見えてくる。モノやサービスを売ってもうけていた会社はビジネスモデルの大転換を余儀なくされる。

 またIoTやAIといったテクノロジーは、これまで人が行っていた仕事を代替していく。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)のように、これまでにない体験価値を提供するテクノロジーも進化を続ける。企業のマネジメント層はテクノロジーの進化にもっと目を向けないと、将来を見誤るだろう。

限界費用ゼロ社会で活躍するのは常識に縛られないアグリゲーター

 デジタルディスラプター(デジタル時代の創造的破壊者)と言われる企業は既存の社会の規制を前提にしていない。自分たちの価値追求のためには、既存の規制や枠組みも打ち破っていく。これからはマネジメントスタイルそのものが根本的に違う人たちとの競争であり、同時にそういう人たちとコラボレーションをしないと戦えない世界が訪れている。

 その土俵に立つためには、これまでと異なる資質を持った人材に活躍の場を与える必要がある。それを私は「アグリゲーター」というキーワードで語っている。これをやりたいという強烈な意志を持ち、それを実現する4つの資質を兼ね備えている人材だ。

 1つめは「時代を先取りして事業を着想する力」。2つ目は「サービスやビジネスモデルを自由に設計する力」。3つ目は「不足する能力を自由自在に世の中から取り込める力」。先の2点を形にするため、自分たちだけでできないことは積極的に外部のパートナーと連携する。オープンコラボレーションにちゅうちょなく取り組める柔軟さだ。そして4つめは「成功体験を捨て、変わり続けられる力」である。

 こういう人材はそうはいないが、自らが変わっていくことはできるはずだ。まずは身近な仕事に置き換えて考えてみてはどうか。例えば、自分がやってきた専門領域からちょっと隣のものにチャレンジしてみる。それを2つ、3つ組み合わせることで、小さい単位でアグリゲーターとしての活躍の場が生まれてくるだろう。

 限界費用ゼロ社会は歴史の大きな転換点になる。だが、人間がテクノロジーに使い倒されてはいけない。人間がテクノロジーを使い倒して、豊かさの格差を感じることなく、創造とつながりを楽しめる社会をつくっていくのだ。その実現に向けて、お客様と共に新しい時代を切り開いていきたい。