スマートフォンなどの普及によって、様々なネットサービスが日常生活の中に浸透してきている。魅力あるサービスは、一気に広範な利用者を獲得する傾向にあり、そこでは大きなビジネスチャンスが生まれている。さらにIoT(Internet of Things)がこうした傾向に拍車をかける。「アイデアをいち早く価値に変えた者が勝つ時代」が到来しようとしているのだ。

 ビジネスのアプローチも変わる。これまではアイデアを創出して製品やサービスを開発し、その完成度を高めてから市場に投入するというやり方だった。しかし、IoTでリアルとデジタルがつながる時代では、アイデアをすぐに実行に移して、フィードバックを受け取りながら製品やサービスを俊敏に改善していくことが可能になる。

 例えば、製品開発の局面ならば、試作品を作る代わりにコンピュータでシミュレーションを行い、その動作を確認するという方法がある。リアルとデジタルを行き来しながら、アイデアを速やかに実現していく手段の1つとしてすでに広く採用されている。さらに今日では、人工知能(AI)やロボットなどの技術も活用して、アイデアを多くの利用者に効率よく展開していくことも可能となっている。

「デザイン」の手法に基づいて利用者を洞察しニーズを発掘

 アイデアをもとに製品やサービスをつくるうえで重要となるのが「デザイン」だ。アイデアを考えた人がいくら創意工夫を凝らしても、利用者が「すごい!」「便利!」「安心!」といった価値を感じてくれなければビジネスとして広がらない。

 そこで求められるのが、デザイン思考/デザインシンキング。人を起点とする探索的なアプローチによって利用者を深く洞察し、潜在的ニーズを発掘することで、心地よさや驚きといった人の主観に依存する価値を明らかにしていく手法である。これに「デジタル」すなわち技術や市場を起点としたデータに基づくアプローチ(工学/ロジカルシンキング)を組み合わせる。つまり「デジタル」と「デザイン」をかけ算することによってイノベーションを起こすことができると考えている。

 「デジタル」×「デザイン」の代表例として、東京急行電鉄が2016年10月に開始した「駅視-vision(エキシビジョン)*」と呼ばれるサービスが挙げられる。このサービスは、駅の利用者がスマホアプリを使って、東急の60の駅(当初)の混雑状況が一目で分かるというもので、日立の人流分析技術によって実現した。駅の監視カメラで撮影した駅構内の映像から動きを抽出し、混雑度と人流情報に変換、駅の風景画像と合成して配信している。動いている乗降客は人型の青いアイコンで、立ち止まっている人は黄色いアイコンで示され、駅構内にいる人の滞留状況なども一目で分かる。人流分析という「デジタル」技術と、人の映像をアイコンに置き換えるというプライバシーに配慮したユーザービリティ「デザイン」手法とを組み合わせることによって、利用者に「簡単に混雑状況が分かる」という新しい価値を提供した好例といえるだろう。

*「駅視-vision」は東京急行電鉄株式会社の登録商標です

デジタル化の推進によってクリエイティブな時間を確保

 一方、デジタル技術の領域では、新たな価値を創出する取り組みも進んでいる。特にAIを活用して業務を効率化することは、企業の経営戦略上不可欠な従業員のクリエイティブな時間を確保することにつながるほか、熟練者の持つ業務ノウハウを若手へと伝承していくうえでも大いに役立つ。

 例えばある企業では、日立のAIによる機械学習技術を活用して業務ノウハウのデジタルシフトを進め、成果を上げている。従来、限られた熟練技術者のみが経験とノウハウによって注文情報から生産計画を立てていたが、ノウハウをデジタル化し、計画立案業務を自動化/半自動化できないか、日立とともに実証実験を行った。具体的には、これまでに蓄積してきた生産計画の実施履歴を機械学習システムにかけるとともに、ヒアリングやエスノグラフィー(現場調査)で現場ノウハウを明らかにし、ルールをブラッシュアップするというアプローチを取った。

 その結果、これまで熟練者が実施してきた生産計画業務をシステムで再現できるようになっただけでなく、全体の25%は熟練者よりも良い計画を立案できるようになった。熟練者も気付かなかったより効率的なパターンをAIが導き出したわけだ。現在、本番運用に向けたシステム構築を進めている。また、生産計画の担当者は、計画業務に充てる時間を短縮できることから、企画業務などの幅広い領域で活躍が期待されている。

 今後、ビジネスをつくるうえで重要なことは、社会変化の潮流をとらえ、生活者の視点で課題を洞察し、将来ビジョンを描き、社会から共感を得ることである。この共感こそが、課題解決に向けた新しいアイデアを創出する原動力になる。日立は「デジタル」×「デザイン」で価値を協創し、社会課題を解決する様々なイノベーションを起こしていく。

本記事を掲載した日経コンピュータ9月28日号の特別レポート版「IT Japan 2017からの報告」の5ページで、講師名の「渡邉友範氏」を誤って「渡 友範氏」と表記しました。お詫びして訂正します。