電力全面自由化に際して、大手電力各社は制度設計の行方が見えない中、大規模なITシステムを短期間で開発しなければならなかった。それゆえ開発プロジェクトは困難を極めた――とされる。本当に「難しいプロジェクトだった」と額面通りに受け止めてもよいのか。大手電力が開発したITシステムの規模やプロジェクトの期間、制度設計の影響から検証する。

 大手電力各社は2016年4月の小売り全面自由化に向けて、大きく2つのITシステムを開発してきた。1つは、日々膨大な計算を処理する「託送業務システム」。もう1つは、電気の利用者(需要家)が電力会社を切り替える際、電力広域的運営推進機関(広域機関)のITシステムと連携して手続きを進める「スイッチング支援対応システム」である。いずれも大手電力の送配電部門が保有するシステムだ。

 託送業務システムとひと口に言っても、内包する機能は多岐にわたる。例えば、スマートメーターを設置した時点から検針日までの使用電力量の累計値を示す「指示数」を、ネットワーク経由で30分ごとにスマートメーターから収集する機能。また、前回取り込んだ指示数を、今回の指示数から差し引いて使用電力量の「30分値」を算出し、需要家ごとに仕分けしたうえで小売電気事業者(新電力)に提供する機能。一連の処理を原則として計量から60分以内に完了させる。

*編集部注:小売電気事業者は電力の需要と供給を30分単位で一致させる「同時同量」の義務を負っている。スマートメーターの指示数から算出する30分間の使用電力量(30分値)は、需要側の基本データとなる。

 さらに、託送業務システムは30分値をデータベースに次々と格納していき、月間使用電力量の「確定値」を算出するため、需要家当たり1カ月分で1440個の30分値を集計。XMLと呼ぶ汎用的なデータ形式のファイルを作成して、小売電気事業者がアクセス可能なサーバーにアップロードする。各住宅に設置したスマートメーターは、大手電力の資産だ。大手電力の送配電部門が、スマートメーターを使って使用電力量を計測し、そのデータを小売電気事業者に渡すことで、小売電気事業者は需要家に請求する電気料金を計算したり、直近の需要実績に基づき需要計画を見直したりできる。

 中部電力や北海道電力が長らく誤っていた「インバランス量」の算定や、余剰・不足インバランスの発生に伴う料金精算、託送料金の計算や請求も託送業務システムが担う。(自由化後に起きたトラブルについては「電力ビジネス、ITに翻弄、ITで混乱」を参照されたい。)

 一方、スイッチング支援対応システムは、小売電気事業者に「供給地点特定番号」をはじめとする設備情報や、最大過去13カ月分の使用電力量を提供する。加えて、小売電気事業者からの申し込みを受けて、託送供給(大手電力の送配電網を利用した電力の供給)の廃止と開始の手続きを実行する。

 大手電力各社にとって特に悩ましかったのは、一部で開発の遅れが指摘されていた託送業務システムである。大量の計算の高速処理が求められるうえ、開発に費やせる期間にあまり余裕がなかった。そのうえ制度の行方を想定しながら開発プロジェクトを進めざるを得なかったため、想定が外れたときにシステムの設計そのものを根本から見直す状況に直面した。