2017年時点ではまだ、建築や住宅の設計にAI(人工知能)が本格的に利用されていない。しかし、創造性が不可欠と考えられてきた建物の設計業務でも、AIを活用する場面は広がっていくはずだ。以下に示すのは、2020年代の住宅設計の現場を想定したシミュレーションストーリーの後編だ。

前編のあらすじ>

家具量販店ブーマーのAI設計との住宅設計コンペに挑んだ建築家の山田。自信作を引き下げて臨んだものの、あえなく敗退した。納得できない山田は、同じくAIとの設計コンペに敗れた設計者仲間の山沖とともに、コンペの主催者である住宅プロデュース会社の蓑田に対し、その理由を問うための面会をねじ込んだ。

 次の日、蓑田の前にはぶ然とした表情の山田と山沖が座っていた。蓑田はいつもよりも小さな声で、説明を始めた。

 「インテリアで時々お世話になっているブーマーさんからコンペへの参加依頼を受けたんです。これまでに5回参加してもらいました。デザイン性の高いアトリエ系の設計事務所の建築家が負けるわけないと思って承諾していたのですが、結果はAIの3勝。残り2つもいい勝負でした。この先、我々の仕事も変わらないと生き残れないと実感しています」

 「AIの勝因は何?」。ぶっきらぼうに山田が聞くと、蓑田は答えた。「設計案は、一般的な住宅メーカーがつくる規格型のものとは全く違います。高い意匠性を追求するアトリエ系の設計事務所のプランと言っても誰も疑わないでしょう」。

 さらに、建て主に決め手となった部分を尋ねると、設計案に加えて、それを分かりやすく示した点を評価していたという。

 コンペでは、設計案を分かりやすく示すためのツールとして仮想現実(VR)が使える。今や当たり前のツールだ。建て主にヘッドマウントディスプレーを掛けてもらって、完成した住宅の内観や外観を体験してもらう。

 ただ、ブーマーのVRは一歩進んでいた。温熱環境や触感まで体感できる仕組みを提供していたのだ。しかもインテリアデザインには一日の長がある。リアルな生活空間を上手にプロデュースしていた。

 AIの設計力が建築家の設計に勝ったという現実を突き付けられた山田は、大きな無力感に包まれた。「とても太刀打ちできない。俺のように2次元の図面と格闘して、空間を読み取ることが強みだった建築家は、法規制が守る確認申請の代理人にすぎなくなるよ」。切なくなった山田は、それから半年以上にわたり、酒と自らの年齢に逃げ道を求めた。