ミヤタ自動車の働き方改革プロジェクト。メンバーはテレワークのトライアル開始に向けて、着々と準備を進めていた。いきなり全社展開するのではなく、まずは2つの部署。市場調査室と購買部からスタートすることになった。

 開始まで、あと1週間。全てがうまくいきそうだった。ところが1本の電話が、状況を一変させた。

 「購買部の小池ですけど。テレワークの件でお話したいことがあるので、今からそちらに行きます」。

 受話器越しに、野太い声が響く。購買部の小池副部長。社内でも「超」がつくほどの偏屈として有名だ。保守的で、これまでも何かにつけて、新しいチャレンジを邪魔してきた。

 めぐみ(経営企画部 課長)は嫌な予感がした。間もなく、プロジェクトルームの扉が豪快にノックされ、小池が入ってきた。

 「率直に言わせてもらおう。購買部はトライアルの対象外にしてほしい」。

 めぐみはポカンとなった。隣の勇人(情報システム部 課長代理)も「何を今さら」と唖然としている。

 「テレワークなんて勘弁してくれよ。自宅で仕事するなんて、落ち着いてできるわけがないだろ。第一、部下がちゃんと仕事をしているかどうか、分かったもんじゃない。サボって遊んでいたって、上司には分からない。見えない相手なんて、管理できないぞ」。小池は半ばあきれた口調で、一気に言い放った。

 「しかし、小池さん。既に部長の長原さんにはトライアルの参画を承認いただいています」。とっさに反論するめぐみ。だが小池もすかさず、たたみかけてくる。

 「ああ、その話ね。さっき、長原部長に私が直談判して、今回のトライアルは見送ろうってことで、話はつけてきたよ。悪いね」。そう言いながら、ちっとも「悪い」などと思っている様子が感じられない。

 小池の頑固さを社内で知らない人はいない。おそらく部長の長原も、小池の反論に付き合っているのが面倒になって、小池の反対意見に渋々承諾したのだろう。勇人もそれを察したようだ。

 「この人に何を言っても無駄だ。いったん引き下がろう」。めぐみに耳打ちする勇人。確かに、ここで小池と言い争ったところで、得るものはなさそうだ。2人は黙って、小池の後ろ姿を見送った。

 「それにしても腹立つわね!このタイミングになって、ちゃぶ台返ししてくるなんて。後出しじゃんけんもいいところよ」。

 珍しく毒づく、めぐみ。プロジェクトルームのお菓子をかじって、何とか自分を落ち着かせようとしている。しかし、冷静に振る舞ってはみたものの、やはり腹の虫が治まらない。

 そんなめぐみの姿を、勇人は何事もなかったかのような穏やかな表情で眺めている。

 「なんで、そんな仏様みたいな顔をしていられるのよ」。めぐみは不服そうだ。

 「この手の抵抗は、ほかのプロジェクトでもよく経験しているからね。慌てたって仕方ない。それよりも落ち着いて、コンフリクトマネジメントをしていかないとな」。

 「何それ?」。めぐみは尋ねた。勇人の口から、また新しい単語が出てきた。