自動車業界で「ジャーマン3」と言われるフォルクスワーゲン(VW)グループのアウディとBMW、ダイムラー。3社が世界で畏怖されるのは、かねて世界に先駆けて新しい技術を採用し、自動車技術の“世界標準”を生み出し続けてきたからだ。

 エンジンやシャシー、ボディーなどにおける世界初の技術の多くは、ジャーマン3が開発した。3社は互いに競争しながらも、勝負どころで協調。世界の技術開発の潮流をつくってきた。今後の自動車開発の行方を決める自動運転技術の開発においても、ジャーマン3は世界標準を生み出すべく協調と競争を使い分けて臨む。

 3社のグループ全体の売上高を合わせると、60兆円近くで“自動車ジャイアント”と呼べる存在だ。この自動車ジャイアントが最大の好敵手と見ているのが、自動運転技術に目を付ける米アルファベット(グーグルの親会社)や米アップルなどといった“ITジャイアント”である。今、自動運転の主導権を巡って、「自動車ジャイアント対ITジャイアント」といった頂上決戦が繰り広げている。

ヒア買収は対IT企業への防衛策

 ジャーマン3が勝負どころで協調する象徴的な事例が、2015年に高精度なデジタル地図サービス大手の独ヒアを、ジャーマン3が買収したことである。アウディとBMW、ダイムラーの3社の買収金額は、28億ユーロ(1ユーロ=136円換算で約3800億円)。当初は防衛的な側面が強かった買収劇。だが現在は違う。ヒアの存在は、ジャーマン3が自動運転技術を世界に広げるための攻めの一手になっている。

写真●ヒアの高精度地図を使って開発するBMWの自動運転技術
写真●ヒアの高精度地図を使って開発するBMWの自動運転技術
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 自動運転に欠かせない高精度なデジタル地図の開発は、世界の自動車メーカー各社が「協調領域」と見なしている分野である。デジタル地図については、自社開発ではなく他社に任せたいということだ。ヒア買収を決断した当時のジャーマン3の本音は、巨額の投資を避けて、開発資金を「競争領域」に振り向けたいということだった。ヒアへの出資金を減らすためジャーマン3は、トヨタ自動車などに参加するよう打診していたようだ。トヨタはそれを拒否したとされる。

 ジャーマン3がヒアを買収する判断を下した背景には、通信機器大手のノキアがヒアを売却することを発表した後、中国IT大手の百度(バイドゥ)や配車アプリの米ウーバーなどが名乗りを上げたことにある。自動運転の開発競争でジャーマン3が最も警戒しているのは、IT企業だ。仮にIT企業がヒアを買収した後、高精度なデジタル地図を他社に売らないという戦略をとりかねない。その場合、「将来の自動運転車の技術開発に支障をきたす可能性がある。IT企業にヒアを渡すことはまずい」とジャーマン3は考え、手を組みヒアを獲得した。

 ヒアが手掛けているような自動運転車用のデジタル地図を手掛けるIT企業の代表は、グーグルだ。詳細は不明だが、グーグルの高精度地図のカバーエリアは、「おそらく世界で最も広範である」(IT業界のアナリスト)との指摘は多い。だが地図サービスを多く手掛けるグーグルにとって、地図データは「競争領域」。地図に関連したデータの提供範囲は、グーグルが全てを決められる。ヒアを買収したIT企業が、グーグルと同様のような振る舞いをする可能性は十分にある。

写真●グーグルが使う自動運転用の高精度地図
写真●グーグルが使う自動運転用の高精度地図
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