今回からITサービス開発に適した、筆者らが実践するデザイン思考の具体的なフェーズを見ていく。まずは意義付けフェーズと共感フェーズである。

1 意義付け(Value)
まずはミッションを共有する

 最初の意義付けフェーズでは、自社、企業の組織のミッションや提供価値について振り返り、実現したいビジョンを明確化し、共有する。このフェーズの目的は、組成されたチームのメンバーが、これからプロジェクトを推進し、新しいサービスを創り出す意義を理解することにある。

 国内企業において新サービスの検討が行われる際、不思議なくらい自社のミッションや、大切にしている価値観についての議論が行われることが少ない。筆者らはこのことに問題意識があり、独自のフェーズとして追加した。

 欧米の企業では、組織規模の大小を問わず、自社のミッションを明文化し、主張している場合が多い。数人しか従業員がいない立ち上がったばかりのベンチャー企業のプレゼンテーションの1ページ目には「ミッション&ビジョン」が必ずある。一方の日本企業では、従業員が自社のミッションや提供価値を認知していないことが多い。ミッションを定義してある場合でも、その内容に具体性が乏しく、オリジナリティーも不足している。

 しかし、新しいサービスを創り出していくには「自分たちが何者で何を目指しているか」といったことが極めて重要な前提条件になる。自社のミッション・提供価値と親和性の高いサービスの創出を目指すのが自然であり、結果的に成功確率を高める。議論が行き詰まったり迷ったりした場合の判断基準とするためにも、ミッションと提供価値を認識し、チームが目指すビジョンを構築し、メンバー全員に腹落ちさせる必要がある。

 ビジョンを創ることは、そのままチームビルディングにつながる。ビジョンの存在そのものが、メンバーがこれから困難なプロジェクトに情熱を持って取り組んでいく礎になるからだ。

 では、意義付けフェーズは具体的にどのように進めるのか。大きく分けて、以下の三つのタスクから成る。

(1)提供価値の確認:組織が過去に行ってきた活動をチームメンバー全体で振り返ることで、組織のミッションと、自分たちが今まで顧客に提供してきた価値を確認する。

(2)ビジョンの検討:確認した組織の提供価値を前提として、今後自分たちが社会に対してどんなインパクトを与えたいのかを具体的なビジョンとして取りまとめる。

(3)ビジョンの共有:前述の作業成果を基に、チームとしてのビジョンを決定し、共有する。

 そうはいっても、ビジョンをまとめるのは容易ではない。具体性に欠き、曖昧なものになりがちだ。そこで活用したいのが、チームで目指すべき最終的なビジョンを創り上げる手法「未来新聞」である(図1)。

図1●未来新聞
図1●未来新聞
模造紙にフリーハンドでペン書きしたり、写真を貼り付けたりして作成する
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 これは、プロジェクトが成功し、理想の未来が到来したときを描いた新聞である。チームの取り組みや新サービスが紙面に掲載されているイメージだ。新聞ではなく雑誌でも構わない。

 成功した未来を想像して「このようなメディアに我々のサービスが取り上げられている」「こんな見出しと内容の記事が書かれている」「こんな写真が載っている」といった架空の新聞記事の検討を通じて、最終的なゴールを詳細に可視化できる効果がある。

 「夢を具体的に描くことが成功につながる」とよく言われるが、まさにそれを地で行く手法である。可視化されたビジョンを示すことによって、メンバー間での議論が喚起され、不明瞭だった個々のメンバーの想いを形にしていける。