山形県に本社をおくIBUKIは技能伝承に人工知能(AI)を活用する。プラスチック製品を成形する金型のメーカーだ。同社は現在、見積もり作成の支援システムを構築している。社員数は約50人。見積もり作成は芳賀敏昭取締役生産部工場長が1人でこなしてきた。

工場長が見積もりノウハウを委譲

 金型産業ゆえの特殊な事情により、他の社員ではなかなか正確な見積もりが作れなかった。毎回異なる形状のものを製作する個別受注生産であり、取引先のメーカーが新商品を発売するたびに、IBUKIに新たな金型を発注するからである。

 IBUKIは見積もり依頼を受けると、新たな金型をゼロから設計し、工数などを見積もらなければならない。実績のない形状の金型を製作するのだから、ベテラン社員の経験や勘に頼るしかないわけだ。

 そこでIBUKIは、こうしたベテラン社員の暗黙知を形式知化して組み込んだ見積もり作成支援システムの構築に着手した。「情報検索システム」と「見積もり作成システム」の2つで構成されている(図3)。

図3  IBUKIは正確な見積もりを作成できるようにするため、ベテランの知見を組み込んだ2つのシステムを構築した
図3 IBUKIは正確な見積もりを作成できるようにするため、ベテランの知見を組み込んだ2つのシステムを構築した
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 情報検索システムは、今回見積もり依頼を受けた金型を製作するうえで、参考となる過去の文書ファイルを見つけ出してくれるシステムだ。対象となる文書ファイルは、見積もり資料や金型図面、取引先から受けた修正依頼のメモ、試作で不具合が発生したときのメモなどである。

 見積もり作成の担当者は、取引先が提示した成形品の形状的な特徴や生産性要求などをキーワードで指定して検索する。検索した結果は、関連する文書ファイルごとに重要だと推測される箇所をハイライトで表示するというものだ。

 検索エンジンの部分には、AIが組み込んである。形式知化したベテラン社員の暗黙知を教師データとして、入力されたキーワードと関連性の高いキーワードを見つけ出す機能を持つ。さらに、これらキーワードを含む自然言語文を作成して、検索を実行している。

 ベテラン社員の暗黙知を形式知化する手法は、システム構築を担当したLIGHTz(ライツ、つくば市)が開発したものだ。例えば「内壁が深い」金型を製作するとする。ベテラン社員であれば、「金型から取り出した後で変形しそう(変形)」「金型から取り出しにくそう(離型性)」といった起こり得るトラブルを、次々と想像できる。

 これこそが、数々のトラブルを経験してきたベテラン社員だけが知り得るノウハウだ。この暗黙知を形式知化したのが、図4のネットワーク図である。「内壁深さ」「変形」「離型性」の3つが、関連性の高いキーワードとしてひも付けられていることが分かる。

図4 情報検索システムの「ベテランの知見(教師データ)」はネットワーク図で形式知化している
図4 情報検索システムの「ベテランの知見(教師データ)」はネットワーク図で形式知化している
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