筆者は提案書作成の研修を自社以外でも行っている。企業の業種は様々で、部門もいろいろだ。そのときに、参加者から時々受ける質問の一つが「提案書を見て通るかどうか分かるものですか?」というものである。

 筆者の答えはこうだ。「個々のコンペで勝てるかどうかは、相手もいることなので分からない。しかし、そもそもコンペで戦えるレベルかどうかは判断できる」。言い換えると、勝てるかどうかは断言できないが、負けるかどうかは確実に分かる。結局のところ何を提案したいのか分からない、なぜその提案になるのか根拠が分からない、といった論理的な問題のある提案書を作っているケースは多いからだ。

 それに加えて、自分たちの組織の中だけで通用する論理が、相手にも通用するはずという錯覚もある。これは組織内で気付きにくいので厄介だ。

 典型的な例を紹介したい。会社も案件もバラバラだが、よく聞くフレーズがある。「本製品のメリットは、いつでもどこでも利用できることです」というものだ。サービスがクラウド化し、スマホやタブレット端末によるサービスが普及し始めた頃で、その端末を利用したサービスを営業するためのうたい文句として多用されてきた。

 このフレーズを見つけると筆者は次のように聞いている。「お風呂の中とかトイレとかでも使えるということですか?」「それができたら何かうれしいですか?」。少し意地悪な聞き方ではあるが、自分の持っている固定観念に気付いてもらうためである。

 提案者それぞれが持つ常識は、分野ごと会社ごとに違う。自分たちが当たり前と思っていることに限って、聞く人の常識が自分のものと大きく違っている可能性になかなか気付けない。

 「いつでもどこでも」のフレーズが面白いのは、本当にいつでもどこでも使えるという特徴は利用者のメリットにはなり得ないことだ。この特徴が重要になるのは製品やサービスの提供者だけなのである。

相手にとっても重要だという錯覚

 利用者にとっては、それまで本当は使いたかったけれども、使えなかった場所やタイミングで使えるということがメリットになる。一方提供者にとっては、様々なタイプのユーザーに使ってもらえるよう、いつでもどこでも使える特徴が重要になるのだ。

 そして、自分たちにとって重要なことは相手にとってもそうだという錯覚に陥ってしまう。利用者にとって、本当は使いたかったけれども使えなかった場面はそれぞれ異なる。それがどこかを明確にすることが大切になる。

 ある農業関連サービスの提案でこのフレーズが使われたときは、 トラクターの上で、機械が自動作業をしている間、他の作業ができるということだった。この場合の「いつでもどこでも」は「農作業中にトラクターの上でも」の意味だ。