いま、世界中の金融機関が注目するデジタル技術が、ブロックチェーンだ。金融機関が求める高いレベルの信頼性と堅牢性を持つシステムを、低コストに構築できると期待を集める。損保ジャパン日本興亜は「天候デリバティブ」と呼ぶ金融商品の基幹システムにブロックチェーンを採用、実用度を検証する。

 損保ジャパン日本興亜は2017年度以降、ブロックチェーンを採用した基幹システムを稼働させる。対象商品は「天候デリバティブ」。新システム稼働後は、契約から支払いの判定、決済まで一連の処理を全て、ブロックチェーンのうえで自動的に実行する。

 まずは天候デリバティブの業務処理の流れを見ていこう。契約者をスキー場の運営会社に想定。「12月1~31日のうち、1日の降雪量が10cm以下の日数を合計し、1日当たり1万円を支払う」といった内容で、損保ジャパン日本興亜と天候デリバティブを契約したとする。

 契約者がウェブサイトから申し込むと、契約内容のデータがインターネット経由でブロックチェーンに登録される。一方で、契約対象期間の天候データも取得する。気象庁が公開しているオープンデータから「12月1~31日の日降雪量」のデータを取得し、ブロックチェーンに登録する。

アプリ開発不要、契約を自動履行

 天候データがそろったら、契約データの履行条件と突き合わせて支払いを判定する。「降雪量が10cm以下の日数」が「10日」あったとすれば、「1日当たり1万円を支払う」ので合計で「10万円」を、顧客への支払い金額として割り出す。

 これら一連の業務処理を、従来のシステムではアプリケーションとして開発する必要があった。だがブロックチェーンでは不要だ。「スマートコントラクト」と呼ぶ、登録済みの契約内容を自動的に履行する機能を持っているからだ。

 スマートコントラクトの実態は、契約の履行処理に特化したスクリプトエンジンである。処理の内容を記載したスクリプトに相当するのが、契約データだ。契約データには、契約の履行実施日や履行条件などが記載してある。スマートコントラクトは、これらの情報を参照しながら契約の履行処理を自動実行する。

 「本来ならアプリケーションで作り込むべきロジックを、ブロックチェーンではデータとしてそのまま書き込める。今のシステムの在り方を大きく変えてしまうほどのインパクトがある」と、開発を率いるSOMPO HDの安田誠デジタル戦略部課長は説明する。

 当初の稼働時点では、ここまでの処理を自動実行できるようにする。稼働後にブロックチェーンの特性を見極めながら、決済システムと連携させて支払い処理まで自動実行させることも計画している。

安価なノードが連携しながら稼働

 スマートコントラクトは、損保ジャパン日本興亜がブロックチェーンを採用する大きな理由となった。システム構成がシンプルになり、開発や運用の負荷が大幅に軽減できる可能性があるからだ。

ブロックチェーンで契約を自動的に履行する機能「スマートコントラクト」を使って天候デリバティブの基幹システムを構築
ブロックチェーンで契約を自動的に履行する機能「スマートコントラクト」を使って天候デリバティブの基幹システムを構築
[画像のクリックで拡大表示]

 だが「ブロックチェーンを採用した一番の理由はコスト。これまで多額の投資が当たり前だった基幹システムを、低コストに構築できる可能性を秘める」と安田課長は指摘する。

 金融業の基幹システムに求められる要件の1つは、堅牢で高い信頼性だ。それを実現するため、金融機関各社は高額なハードウエアを用意し、何重にも冗長化したシステムを構築してきた。

 ブロックチェーンは、複数のノードが連携してトランザクションを処理する仕組みなので、特定ノードが故障してもシステム全体に影響しない。データについても、全てのノードが同一のデータベースを保持する構造のため、データの完全消失が起こりにくい。

 データが不正に改ざんされないようにすることも、基幹システムに求められる重要な要件の1つだ。既存の基幹システムでは高額なセキュリティシステムを組み合わせたり、厳格なセキュリティポリシーを設けて運用したりする。ブロックチェーンでは、データ管理の仕組みそのものが、データの改ざんを防ぐようになっている。

 ブロックチェーンでは、データをブロックと呼ぶ単位でまとめて管理していて、新たなブロックを作成するときに1つ前のブロックのハッシュ値を記録するようになっている。

 あるブロックのデータを改ざんすると、次のブロックに記録したハッシュ値が変わる。このため次のブロックも改ざんする必要があるのだが、改ざんすれば2つ先のブロックのハッシュ値が変わり、さらに3つ先のブロックも改ざんが必要になる。結局、最新のブロックまで改ざんし続けるという膨大な作業が必要で、改ざんを困難にしている。

 このような特徴によって、ブロックチェーンでは安価なノードでも、システム全体として高い信頼性と堅牢性を実現できる。とは言え、本当に安くなるかどうかは実際に使ってみなければ分からない。「ブロックチェーンを正しく評価する第1歩にしたい」と安田課長は意気込む。

ブロックチェーンは基幹システムに求められる要件を低コストに実装できる可能性を秘める
ブロックチェーンは基幹システムに求められる要件を低コストに実装できる可能性を秘める
[画像のクリックで拡大表示]