君はもっと斬新なアイデアを出せないのか─。言うは易しで、独自性に富んだアイデアや企画を生み出すのは困難な作業だ。それこそ発想を変えて、先例に習ってはどうだろう。もちろん単なる模倣では意味がない。ヒット企画を様々な切り口で見直し、検討することで新たな企画を生み出すことは可能だ。

 昼休みの会議室。岸井雄介の目の前には、過去1年分の金融専門誌やビジネス雑誌が100冊ほども積み上がっていた。

 「西部さん、本当にこんな作業が役に立つんですか?」

 岸井は山積みの雑誌を一冊ずつ引っ張り出し、ぱらぱらとめくりながら経営企画室の西部和彦に聞いた。岸井は目に付いたテーマやキーワードをタブレットに入力していく。

 「岸井、目立つのはどんなテーマやキーワードだ?」

 「認知症増加の社会的影響、働き方改革、子育て、教育問題、健康、教育、海外ビジネス、移民の受け入れ問題といったところでしょうか。こうした課題をビッグデータ、IoT(インターネット・オブ・シングズ)、人工知能(AI)、ロボットなどで解決しようという論調が多いようですね」

 「それだけあればいいだろう。これらの記事が君の企画力を高めてくれるんだ」

 「えっ?いったいどうやって…」

 「組み合わせ発想法を使うんだ。これを身に付ければ君はオリジナリティを持った、差異化された企画を立案できるようになる。上司に『企画に売りがない』と言われることはなくなるよ」

*   *   *

 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行のシステム企画室の課長補佐である。西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。最近、出向していたITコンサルティング会社から復帰し、現在は課長補佐として経営企画を担当している。

 岸井は現在、「地方のビジネス創生」に向けたシステム企画を担当している。目的はA銀行の商圏にある企業や商店のビジネスを活性化することだ。

 A銀行の商圏は比較的都市部が多いものの、顧客の4割は郊外や山間などの非都市部に居住する。最近は非都市部の人口が減っていき、地域の農工業の生産や購買、流通といった経済活動が停滞していた。

 商圏で事業を営む企業の数も減っており、新規の開業件数も伸び悩んでいる。頭打ちになりつつあるA銀行の融資事業の立て直しに向けて、ITを活用した商圏の産業活性化が経営課題となっていた。

 この検討担当に指名されたのが、情報システム部の島本部長代理とシステム企画室の岸井だった。岸井は他の地方銀行が実施している対策を調べ、検討の方向性を考えて島本部長代理に説明した。

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 「商圏の地盤沈下は我々が考える以上に深刻そうだな。岸井、地方のビジネス創生の件はどうだ。頭取以下、この問題を解決するにはITの活用が欠かせないと思っている。だからシステム部で基礎検討をすることになったんだが」

 「部長代理、この問題は簡単ではありません。地方の人口減や企業経営者の高齢化は避けられません。企業の次世代を支える若者は首都圏に行ってしまう。地方のビジネス創生に期待するのは難しいと思います」

 「おいおい、ずいぶん後ろ向きだな。先入観や固定観念を捨てて、ゼロベースで考えること。それが新しいアイデアを考えて、オリジナリティのある企画を立案する第一歩だろ」

 「もちろん承知しています。私なりに当行の商圏以外の地方のことや、他の地銀などの事例を調査し、地方ビジネス創生のアイデアを考えました」

 「具体的には?」

 「やはり地方の特産品を首都圏の購買者に販売するのが基本です。当行の商圏にある農家は、血圧を下げる効果があると言われるウリなどの野菜を多く生産しています。健康に良いとして、地元では昔から食べられていますが、ほぼ地元だけで消費されているのが実情です。これを首都圏に投入するのはいかがでしょう」

 「目の付け所は悪くないと思うが、あまりおいしい野菜じゃないよな。血圧を下げるといっても、正式な研究結果があっただろうか。そもそも販路をどう確保するんだ」

 「首都圏のスーパーへ卸すほか、ネット通販も検討します。健康を意識したメニューをそろえているレストランや居酒屋に卸すことも考えたいと思います。特徴のある特産品を複数のチャネルを通じて首都圏で販売することは事例が多いので、ハードルはそれほど高くなく成功の可能性は高いのではないでしょうか」

 「そう簡単にいくだろうか。地元の野菜などを売るのは悪くないけど、ネットやスーパーで売るにせよ飲食店に卸すにせよ、それだけだと事例が多すぎて陳腐化しているように思うな」

 「確かに事例は多いですが、逆に言うと定番の手法と言えるのではないでしょうか。既に存在する手法を使うことは、失敗の確率を減らして成功に近づく近道かと…」

 「岸井、先例に学ぶことと単なる模倣は違う。全く新しい手法を生み出すのは難しいかもしれないが、オリジナリティがゼロでは話にならない。今の君の企画には売りがない。もっとよく考えてから説明に来なさい」

 岸井はプライドを傷つけられた思いで、西部に相談した。西部は岸井に金融専門誌とビジネス誌のバックナンバーを1年分持って会議室に来るように命じた。