ちょっとAIに関する話題が続いたので、今回は趣向を変えてハードに近い話から始めよう。

 数年前から、半導体技術の進化を支えてきた「ムーアの法則」が終わるのではないか、という議論が目に付くようになってきた。ムーアの法則は、米インテル創業者のゴードン・ムーア氏が提唱した経験則に基づく知見であり、元来自然法則ではない。したがっていつ終了してもおかしくない。それが、ここにきてさらに言われるようになってきた。

 大本となるムーア氏の論文は、1965年に米Electronics誌に掲載された“Cramming more components onto integrated circuits”である。その趣旨は「今後10年間(つまり1975年だ)は集積回路の複雑度は約2年で倍増し続け、6万5000の部品(原文ではcomponentとなっているが、実質的にはトランジスター数)を搭載できるようになる」というものだ。

 よくムーアの法則として「18カ月で集積度が倍増する」という表現が見受けられるが、原著論文にはそのようなことは書いていない。実際ムーア氏自身も、「18カ月と言った覚えはない」と米Scientific American誌のインタビューで答えている。

[米Scientific American誌のムーア氏のインタビュー

 ムーアの法則を前提として、米インテルがCPUの性能向上を毎年維持するためのモデルとして考案したのが、「チクタクモデル」だ。LSIは基本的に、集積度が上がると個々のトランジスターの性能が上がるため、CPUの処理性能は向上する。集積度を上げたCPUと、増えたトランジスター数でアーキテクチャーを改定したCPUを1年おきに投入することで、毎年製品を改定していた。

2年で倍増を維持できない

 しかし、インテルですらチクタクモデルの維持が難しくなってきた。集積度を上げるには2年で製造プロセスを改定しなければならないが、。2015年12月に発表した年次報告書で、チクタクモデルから3段階のモデルへの移行を表明。10ナノメートルプロセスの開発が遅れたことがその最大の理由だ。

インテルの2015年のアニュアルレポート

 従来のチクタクモデルを維持していれば、2015年に新アーキテクチャーの「Skylake」が投入されたので、2016年には新製造プロセスに対応したCPUが投入されるはずだった。それが、Skylakeを改定した「Kaby Lake」が投入されたのだ。

 つまり、ムーアの法則の「2年」を維持できなかったわけだ。とはいえムーアの法則は自然法則ではなく、製造に関する技術者の努力によって成り立つ法則である。現在まで40年近く継続できたのは、半導体開発に携わる技術者の執念とも言える。2年が3年になったからといって、それ自体は大きな問題ではない。

 むしろ問題は、トランジスターの細密化が以前ほど直接的に性能を向上させてくれなくなっている点だろう。

 最初にそれが言われたのが2005年。当時米マイクロソフトでVisual C++ .NETのエバンジェリストだったハーブ・サッター氏がDDJ誌で「フリーランチは終わった」と記した。これは、CPUのシングルコア性能が頭打ちになり始めたあたりに言われた言葉だ。

フリーランチは終わった

 主として当時問題となっていたのは、熱密度である。基本的にトランジスターが細密化すると、「ゲート長」が短くなる。その結果として、ゲートを制御する変位の立ち上がり/立ち下がりが速く伝わる。これが動作周波数のリニアな向上につながっていた。

 しかし動作周波数が上がると、そのぶん熱も発生する。「このまま進むと熱密度が原子炉並みにになる」と言われ始めた。そのため、CPUの設計を全体的に見直し、ひたすら動作周波数の向上を目指す方向から、バランスよく全体で性能を上げる方向へと舵を切った。

 例えば2005年に発売された第4世代のPentium 4は動作周波数が3.8GHzに到達していた。しかし、翌年登場した第1世代の「Core 2 Duo」は動作周波数が最大2.66GHzに抑えられた。その代わりに、CPUコアの数が2倍に増えたわけだ。

 ちなみにデスクトップ向けのメインストリームのCore i7の定格動作周波数がPentium 4の3.8GHzを超えて4GHzに到達したのは2014年の「Core i7-4790K」まで待つことになった。なお最新のCore i7-7700Kは、定格4.2GHzである。