トップダウン型の残業抑制では、現場に「アウトプットを変えずに残業を短くしなさい」を丸投げする形になりがち。自動車にたとえると「もっと車間距離を短くして、もっと速く走ってよ」という話だ。こうした状況は問題があるのか。事故や渋滞は起こらないのか。渋滞現象を数理的に解き明かした「渋滞学」で知られる、東京大学 先端科学技術研究センター 工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼任)の西成活裕教授に聞いた。

(聞き手は白井 良=日経SYSTEMS)


自動車で「車間距離を短くして、速く走る」ようにすると何か問題が起こるのか。

 そうなると非常に不安定な「メタ安定」という状態になる。車間距離を詰めて速く走るというのは、一見すると理想的に思うのだが、ちょっとしたぶれがあると安定しない状態に変わる、交通でいうと渋滞が起こるような状態にある。

東京大学 先端科学技術研究センター 工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼任)の西成活裕教授
東京大学 先端科学技術研究センター 工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼任)の西成活裕教授
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 私の元々の専門は流体力学という、流れを扱う学問だ。この領域では、不安定な流れなのか、安定な流れなのかという研究が非常に進んでいる。これを自動車交通に応用してみると、車間距離を詰めている状態は非常に不安定であること、適度な車間距離を取る方がトータルの交通量が高くなることが分かった。理論だけでなく、公道やサーキットでの実験による実証もしている。

 渋滞は、前の車がブレーキを踏んで、後ろの車がブレーキを踏んで、というブレーキの“バトン”が伝わっていくことで起こる。ブレーキのバトンを途中で切れれば渋滞は発生しない。ブレーキのバトンが伝わりやすい状況は理論的にも実証的にも分かっていて、皆がばらばらに動く、数学でいうと「分散」が大きいという場合がそうだ。

 自動車交通は分散が大きい。車の運転が上手なドライバーもいれば、そうではないドライバーもいる。トラックと乗用車では自動車の大きさ、加速性能、ブレーキの利きが違う。太陽の光が目に入ってまぶしいというので、アクセルからちょっと足を放したりすることもする。交通の中にはそういったぶれがいたるところにある。

 十分な車間距離があれば、ぶれを吸収できる。つまり、ブレーキのバトンが後ろに伝わらない。「連結列車のように詰めて走れば効率がいい」と思うかもしれないが、それは完全なる誤解で、逆に車間距離を開けた方が安定する。目的地に早く着きたいドライバーは速度を上げて車間距離を詰めたくなるが、トータルで見るとそういう行動が積み重なると渋滞が余計起こりやすくなる。

 専用道で完全にコントロールされた状況で自動運転ができるならば、車間距離をどんなに詰めても大丈夫だが、それが実現できるのはずいぶん先だろう。

そうした「メタ安定状態」の例は交通以外にもあるのか。

 余裕がないことで損をしているという事例はどんな分野でもある。分かりやすい例が工場だ。機械が動いていない時間を無駄と思って稼働率100%で動かすと、月単位の生産性はどんどん落ちていく。機械が壊れるからだ。機械を休ませて、たまに油を差したり、メンテナンスをしたりした方が機械が止まる時間はトータルでは圧倒的に減る。

 多い企業では30%、少ない企業でも10%くらいは必ず稼働を止めるすき間の時間を作る。すき間がある状態が理想的な生産状態だ。