「すごいね」「偉いね」「転職すんの?」――。筆者が社会人大学院に通っていることを話すと、周りからこんな反応が返ってくる。現在44歳、社会人大学院の2年生だ。仕事と学業の両立は大変だが、その価値はとても大きかった。

 なぜ40代になって社会人大学院に通うなどと思ったのか。一つは、ITエンジニア向けの雑誌やWebサイトの編集・記者を20年近くやっていて、技術と経営を融合したITエンジニアのスキルやキャリアを考えたかったこと。もう一つは、自分自身が挑戦して失敗したいくつかの新規事業の振り返りをしたかったからだ。何となくもやもやしたものを取り払いたい気持ちがあった。

 入学したのは、東京理科大学大学院イノベーション研究科技術経営(MOT:Management Of Technology)専攻だ。2015年4月に入学し、現在2年次に在籍する。この冬は、修士論文に相当するMOTペーパーの執筆に励む。同級生は約70人。そのほとんどがエンジニアや研究者。技術と経営を融合したイノベーションがテーマであり、エンジニア向け経営大学院と言っていい。

ひっそりとした大学院の入口。平日夜と土曜日のみ賑わう
ひっそりとした大学院の入口。平日夜と土曜日のみ賑わう
(撮影:池上 俊也)
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 実際に通ってみると、すごくも偉くもない(もちろん転職する気もない)。周りからそう思われることに少々戸惑うが、社会人大学院のイメージがそうなのだろう。普通なら仕事だけでも大変だ。にもかかわらず大学院で学ぶという発想は、なかなか生まれにくい。自分も最初はそうだった。だが、実際に通ってみると、これがなかなか面白い。そこで以下では、自ら体験したエンジニア向け経営大学院の実録をつづってみたい。

最初の難関は「妻の説得」

 思い立ったのはちょうど2年前の2014年冬のこと。「イノベーション」という言葉が広がる中で、MOTについて強い関心を持っていた。調べてみると、都内にはいくつもMOTコースを持つ大学院がある。調べれば調べるほど、大学院に行きたくなった。

 どちらかと言えば決断力と行動力はあるほうなので「行く」と決めた。だが問題は「妻をどう説得するか」だった。当然それなりのお金はかかるし、平日夜と土曜日がつぶれてしまう。当時、子供が4歳と1歳。通学すれば、それなりの負担が妻にかかる。

 「来年大学院に通いたいんだけど」。こう切り出したのは2014年12月29日、家族と鴨川シーワールド近くのホテルに泊まっていたときだった。あまりにも唐突だったのか「はあ?」という妻の反応。「こりゃダメだ」と正直思った。

 「そんな暇あるの?お金だってかかるでしょ」。想像通りの反応だ。「何とかなると思う」。これから大学院に通うというのに、全くロジカルでない答え。少し時間を置いて「どこに行くの?」と聞くので「東京理科大学にしようと思う」と答えた。

 「ふーん」という低い声。さらに少し時間が流れ、「給料は上がるの?」と聞いてきた。雲行きが変わった。妻は判断基準の一つに「給料」を置く。そこでまた根拠もなく「もちろん!」と答えた。ただ、学業が仕事に役立つ点は強調した。すると「受かるの?」「たぶん」と交わしたあと、「じゃ受かってから決めれば」と言ってくれた。「ありがとう」と頭を下げる。理解ある妻に感謝。こうしてまずは受験することが決まった。