「回線ビジネスを追いかけるとIoTビジネスは追いかけられない。どうしても矛盾が生じてしまっていた」─。ソフトバンクの赤堀洋法人事業開発本部長は、このように過去の反省を打ち明ける。

 赤堀本部長の言葉の通り、通信事業者各社は、企業ユーザーのIoTへの関心の高まりを受け、M2M時代から続く回線獲得を主体としたビジネスから脱却しつつある。IoT時代の好機をつかもうと回線ビジネスにとらわれず、クラウドや分析基盤などを含めたサービス分野に商機を見出す方向へとかじを切り始めた(図1)。

図1●走りながらIoTビジネスに取り組める時代に
図1●走りながらIoTビジネスに取り組める時代に
従来は通信コストが最大のネックとなり、適用分野が限られていた。しかし、ここ1年ほどで急速に環境が変化。通信事業者は回線契約ありきのビジネスから脱却し、新興プレーヤーが回線やシステムの価格破壊をもたらした。企業ユーザーが、走りながらIoTビジネスに取り組める時代が訪れている。
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通信コストが最大の障壁

 インダストリー4.0への関心もあり、2015年はIoTというキーワードが一気にブレークした年だった。「自社でもIoTの取り組みができないかと多くの企業の経営層が動いた。2016年4月から“IoTタスクフォース”といった部署を発足した企業も多い」と、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)経営企画部の谷川唯IoT推進室主査は語る。

 昨今のIoTブームに伴って取り組みを始めようとする企業は「IoTで何をやりたいのか、漠然としたままのケースがほとんど」(KDDIビジネスIoT推進本部の原田圭悟ビジネスIoT企画部長)。導入目的が明確だったM2M時代とは異なる企業ユーザーが、続々とIoTへの関心を高めている。

 このような層に、かつてのようなM2M時代のアプローチではビジネスの芽を育むことはできない。M2M時代のビジネスは、大量の回線導入が前提で、通信コストの投資対効果が成立する分野でのみ、ビジネスが成立したからだ。逆に考えれば、積み上がる通信コストこそが、IoTビジネスを展開する際の最大の障壁だった。

 ここに来て通信事業者は、「回線ビジネスが、IoTビジネスの障壁になってはいけない」(ソフトバンクの赤堀本部長)と、自ら障壁を崩す取り組みを展開し始めている。例えばNTTドコモやKDDI、ソフトバンクといった携帯大手各社、NTTコムなどは、企業ユーザーが安価にIoTを試せるようクラウド型のIoTサービスプラットフォームを用意したり、回線やクラウド、ゲートウエイ機器をパッケージ化したサービスの提供を始めたりしている(表1)。

表1●トライアルしやすいクラウド型IoTサービスプラットフォームを携帯電話事業者が用意
表1●トライアルしやすいクラウド型IoTサービスプラットフォームを携帯電話事業者が用意
いずれも通信費用やデバイス費用は含まない料金。別途、通信やデバイスを含むパッケージを用意する事業者も多い。
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 IoTビジネスの障壁を崩そうとしているのは既存のプレーヤーだけではない。新興プレーヤーもIoT分野で価格破壊を仕掛けている。

 例えば2015年9月末からIoT向け通信サービスを開始したソラコムは、MVNO(仮想移動体通信事業者)として、月300円から従量課金で利用できるサービスを展開している(表2)。ソラコムのサービスは開始から9カ月で、3000社以上のユーザーが利用するなど、大きな反響を呼んでいる。

表2●IoT通信に価格破壊をもたらしたソラコム「SORACOM Air」
表2●IoT通信に価格破壊をもたらしたソラコム「SORACOM Air」
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 上記のような一連の変化が起こったのは、ここ1年間のこと。企業ユーザーが、低コストかつスピーディーにまずはIoTビジネスを試してみる環境が、現実のものとなりつつある。環境変化を受けて、水面下では続々とIoTトライアルが進行中という。

▼M2M時代から続く回線獲得を主体としたビジネス
2000年代から携帯電話事業者は、自動販売機やエレベーターの管理、テレマティクスといった分野に向けて通信モジュールを提供してきた。これらのソリューションはモノとモノの通信を扱うことからM2M(Machine to Machine)と呼ばれてきた。NTTドコモは法人だけで500万回線以上、ソフトバンクも300万回線の規模に拡大している。
▼インダストリー4.0
ドイツ政府が進める製造業のデジタル化によって高度化を目指すプロジェクトのこと。