2016年10月、決済サービス「Apple Pay」が日本に上陸しました。本著「決済の黒船 Apple Pay(日経FinTech選書) 」は、Apple Payの動向や技術を詳説する日本初の書籍です。世界を飛び回って決済の最新動向を専門に追い続けてきた気鋭のジャーナリストが、丁寧な取材を踏まえてApple Payの本質をえぐり出します。サービスの裏に隠されたアップルの思想を浮き彫りにしつつ、使い勝手を高めて安全性も担保する独自の工夫を解説。裏話もたっぷりとご紹介しています。では、『決済の黒船 Apple Pay (日経FinTech選書)』の「まえがき」をお読みください。(高田 学也=日経FinTech)

 「Designed by Apple in California(デザインしたのはカリフォルニアのアップルだ)」。

 iPhoneやMacBookなど、米アップルの製品にはこんなメッセージが必ず刻まれている。Lightningケーブルですら、USBコネクタから約18センチメートルのところに目を凝らすと見つかる。さりげなく、しかし誇らしげに。そしてまるで魂を込めたように。

 「あるべきモノ」が「あるカタチ」としてこの世に存在させたい。そのために、究極までプロダクトデザインを磨き上げる─。そんな哲学をぶれずに貫き続けるからこそ、世界中の人々はアップルの新製品に変わらず熱狂し、惹きつけられる。

 創業以来、アップルがいかにプロダクトデザインの難題と戦ってきたのかは、2016年11月に自ら刊行した一冊の写真集に詳しい。タイトルはずばり「Designed by Apple in California」。

 前書きで、長年チーフ・デザイナーを務めてきたジョニー・アイブ氏はアップルのプロダクトデザインの哲学について、次のように述べている。「私たちは常にさりげなく見える物を作ろうと努力しています。とてもシンプルで、明快かつこれ以外にありえないというくらい必然的なものです」。

 華やかで美しいハードウエアの外観ばかり注目されがちだが、こだわりはソフトウエアやサービスの細部にまで宿っている。人間の行動様式を研究し、世界中の誰もが気持ちよくしなやかに使ってもらえるように、使い勝手を愚直に突き詰めている。

 2014年に発表した「Apple Pay」は、私たちが毎日必ず行っている決済という「あるべきモノ」を、アップルの流儀で「あるべきカタチ」へ昇華させた野心的なサービスだ。

 決済の常識を壊し再発明したといっても過言ではない。買い物のたびにプラスチックのクレジットカードをいちいち取り出して、サインする面倒さをこの世から消し去ろうとしているのだから。

 「ボクの財布はiPhone。ワタシの財布はApple Watch」。米国はもちろん、Apple Payが始まった12の国や地域では、レジにタッチするだけで支払う人々が日に日に増えている。

 アップルにとって、テクノロジーの力で産業の構造を大きく変えるほどの大勝負に出たのはこれで3回目だ。2001年に発表した携帯音楽プレーヤー「iPod」と音楽再生ソフト「iTunes」では、人々の音楽を聴く生活様式を書き換えることに挑んだ。そして2007年、iPhoneを市場に送り込んだ際には、人と人のコミュニケーション、さらには世の中の情報や物の流通を設計し直す構想をぶち上げた。

 どちらも、その結果いくつもの産業を巻き込んだ革命へと発展していったのはご存じの通りである。ウネリは新旧経済圏の世代交代すら促していく。

 そして今、アップルがApple Payで起こした革命は、「カネ」だ。「ヒト」「モノ」「ジョウホウ」に続き、カネの経済圏をデザインし直そうとしている。