過去7回のラグビーワールドカップ(W杯)で日本代表チームの成績は1勝2分21敗。昨年のW杯で、そのチームが初戦に過去2回の優勝経験がある強豪、南アフリカに劇的な逆転勝利をした。スコットランド戦の勝利は叶わなかったが、サモアと米国からも金星を挙げた。

 代表チームを率いたエディー・ジョーンズ氏は2012年に日本代表ヘッドコーチに就任した。スポーツ科学を重視し、スポーツ心理学を専攻する私には「選手たちのマインドセットを変えてください」という要求があった。

メンタルを鍛える基本は自分自身を知ること

 マインドセットとは考え方やとらえ方などのことで、それは変えられる。エディー氏の目標は日本代表チームの世界ランキングを15位から10位に引き上げること。過去のW杯で1勝という日本代表チームに「できる」という意識を植え付けようとしていた。日本のスポーツ界では、フィジカルな練習をしていれば、精神力が必ずつくといわれるが、ワールドカップやオリンピックという大舞台で日本選手が実力を発揮できないのはメンタルの準備をしていなかったからだ。

 メンタルを鍛えるには、「これをやればよい」というものはない。基本は自分自身を知ることにある。自分の強みを発見してそれを伸ばす一方で、自分の課題を見つけそれを改善していく。これを毎日、取り組む。

 生まれながらメンタルが強い人はいない。対処が必要なことは山ほどあるが、メンタルの強い人はそれぞれにどう対処すればよいかを知っている。「対処法の道具」のようなものをたくさん持っているとメンタルは強くなり、結果もついてくる。

 日本代表チームに参加して驚いたのは、キャプテンといわれる選手はいたが、リーダーシップを持ち合わせていなかったことだ。エディー氏も同じ意見だった。スポーツ心理学には組織運営の理論もある。現在、最も注目を集めているのがトランスフォーメーショナルリーダーシップ(変革型リーダーシップ)だ。フォロワーが組織のため私利・私欲を超越することで、持ち合わせる能力を最大限に引き出せるよう情緒的訴求を通じ働きかける。

 リーダーシップは生まれ持ってのものではない。専門家がいろいろな形で情報を伝えていくと、選手はそれを吸収し、自分で考えながらスキルを身に付けられる。理論上、リーダーは組織の3割でよい。日本代表チームでは、常時6~8人の選手を集めてミーティングを重ねながらリーダーシップを身に付けるトレーニングを重ねた。

リーダーシップのスキルは4つそれぞれ得意なものを伸ばす

 リーダーシップのスキルには4つの要素がある。人それぞれ得意なリーダーシップのスキルがあるので、よいところを生かし、伸ばしていく。

 1つ目は、理想的な影響力をチームに与えるスキル。背中で見せるタイプで、練習でも試合でも運動量が最も多く、ラグビーではここぞというときにボールを持って突進していく。規律や礼節を重んじ、模範的な選手の姿だ。

 2つ目は、モチベーションを鼓舞するスキル。目標や確認事項を口に出しながら、毎日、練習を進めていく。ある程度、楽観的で、提案できる人が向く。できなかったことや失敗よりも、できたことやこれからやることを仲間と共有する。

 3つ目は、変化をリードするスキル。常識や前例にとらわれず、当たり前と思い込んでいることも変えていく。日本のスポーツ界では監督やコーチに「はい、頑張ります」とすぐに返事をするが、日本代表チームはやめた。それにより、納得するまで質問し、考える習慣が身に付いた。

 4つ目は、個々に配慮するスキル。コミュニケーションを円滑にするには、周囲の人に興味を持ち、チームメートを知る必要がある。面と向かって話すのがその人を最もよく知る方法だ。日本代表チームはいつでもどこでもラグビーの話をしていた。

 最近、リーダーシップに対する考えが変わってきた。これまでのリーダーは話し上手で、トップダウンで知識を提供してきたが、これからは聞き上手で、選手の相互関係を重視し、考えを引き出す。選手一人ひとりの成長や理解に違いがあることを受け入れる度量が必要だ。日本代表チームでは、リーダーシップを磨いたことで、「ラグビーが楽しい」「このチームでプレーしたい」という環境をつくれた。

プレッシャー、失敗への対応受け止め方、考え方で変わる

 ラグビーでは、選手一人ひとりが力を最大限に発揮することも大切だ。日本代表チームでもプレッシャーに悩む選手は多かった。周囲の期待に応えたいという外的な要因のほか、自分が掲げた高い目標という内的な要因によってプレッシャーを感じるが、いずれも自分がつくるものだ。バスケットボールのマイケル・ジョーダン選手の「プレッシャーはチャンスの陰にあるものだ」との言葉通り、受け止め方でプレッシャーはよいものに変わる。

 プレッシャーだけではない。失敗への対応も考え方で変わる。失敗を意識すると失敗する。失敗することを考える代わりに、何を成し遂げたいか、何をすべきかに集中すれば、ミスをしても、目標に向かってやり直せばよく、立ち直りが早い。日本代表チームはW杯で何をしたいのか幾度も確認し、準備して試合に臨んだため、ほとんどミスをしなかった。

 準備することで、自分がコントロールできるものを見極め、それに向かって集中できる。自分がコントロールできないことは考えても仕方がない。達成できる目標を掲げないと意味はない。日本代表選手は常に目の前に達成できる目標の設定を続けた。

 南アフリカには勝つと思って練習し、準備してきたが、まさか最後に逆転勝ちするとは思っていなかった。引き続き日本代表チームを応援していただければと思う。