スーパーコンピュータとAI(人工知能)という2つの技術による社会の変化は第4次産業革命という生やさしいものではない。全く新しい「新産業革命」だと考えたほうがよい。18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命は、蒸気機関によって先進国と途上国を峻別した。新産業革命ではスパコンとAIを持っているかどうかで先進国と途上国が再定義されるだろう。

スパコン消費電力性能で世界3連覇と1~3位独占

 PEZY Computing(ペジーコンピューティング)は独自技術によるプロセッサーの研究開発に取り組んでいる。設立は2010年1月。以来、積層メモリーを開発するUltraMemory(ウルトラメモリ)、液浸冷却を開発するExaScaler(エクサスケーラー)を相次いで設立し、PEZYグループを形成する。今年6月、新会社のDeep Insights(ディープインサイツ)を立ち上げ、人工知能向け専用チップの開発に乗り出す。

 PEZY Computingは2014年7月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を得て、1チップ内に世界最大級となる1024個の演算コアを埋め込んだプロセッサーを完成、プロセッサー単体による性能で25ギガFLOPS/Wを実現した。

 スパコンの性能を左右する技術はプロセッサーだけではない。ExaScalerの高効率液浸冷却技術と、このプロセッサーを組み合わせて、PEZY ComputingとExaScalerは小型スパコンを共同開発し、茨城県つくば市の大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)に設置し、Suiren(睡蓮)という名称で運用中だ。Suirenは2014年11月に発表された世界のスパコン消費電力性能ランキング、The Green 500 Listで1ワットあたり4946メガFLOPSを記録し、世界第2位に認定された。

 両社が共同開発し、埼玉県和光市の理化学研究所情報基盤センターに設置したShoubu(菖蒲)は2015年6月のGreen 500で世界第1位に輝いた。第2位はSuirenで、第3位は同じくKEKに設置したSuiren Blue(青睡蓮)だった。Shoubuは2015年11月と2016年6月のGreen 500でも1位を獲得し、世界初の3連覇を達成した。両社が共同開発し、理研戎崎計算宇宙物理研究室で稼働するSatsuki(皐月)も2016年6月のGreen 500で世界第2位に入った。

 液浸冷却技術と並んで、積層メモリーの開発にも力を注ぐのはスパコンの高性能化、小型化、高効率化に欠かせないからだ。UltraMemoryは今年末、プロセッサーのパッケージ内に埋め込める小型で大容量の積層メモリーを発表する予定だ。スパコンの「京」は冷蔵庫ほどの大きさのタワーサーバーラック864台で構成し、10ペタFLOPSを発揮する。積層メモリーの実用化によって、その100倍に相当する1エクサFLOPSは2020年までに液浸冷却槽50台ほどの大きさで達成できると見込んでいる。

人間には見えないパターン抽出
仮説立案の自動化で大進歩

 当社のようなベンチャー企業がスパコンの開発に力を注ぐのは、「前特異点(プレ・シンギュラリティ・ポイント)」にできるだけ早く到達するためだ。米国の発明家で、人工知能研究の世界的権威、レイ・カーツワイル氏は著書「ポスト・ヒューマン誕生」の中で、コンピュータによって生み出される人工的な知性が「人類全体の知性の総和」を超越する段階を「シンギュラリティ・ポイント(特異点、技術的特異点)」と名付ける。その特異点に達する以前に前特異点(社会的特異点)という変革点が到来することは想像に難くない。

 前特異点に至るためにAIの進化は不可欠だ。Deep Insights設立の理由がここにある。既にAIは画像や音声からパターンを抽出するが、特徴点の抽出にとどまる。Deep Insightsが2018年に完成を目指す1000倍高速なAIエンジンは、抽出できるパターンは膨大で、人間には見えないパターンも抽出し、そこから仮説を立てることができる。

 仮説立案の自動化は大きな進歩をもたらす。AIが立てた仮説をバーチャルな世界で検証実験を行えるスパコンが検証する。これは人類がかつて手にしたことがない、最強の科学技術基盤が生まれるということである。仮説の立案、検証というループを高速で回すことで、今まで人間が思い付かなかったような事実が次から次へ明らかになり、新しい理論が確立される。新しいノーベル賞がいくつも創設できるほどの理論が相次いで生まれても不思議ではない。

前特異点は2030年ごろに到達
2020年から大きな社会変革に

 可能性はそれにとどまらない。現在のノイマン型コンピュータの延長線上ではなく、人間のニューロン(脳神経細胞)の働きを模した汎用人工知能、ニューロモーフィック・コンピューティングが現実味を帯びてくるだろう。世界中で汎用人工知能の開発に取り組んでいるが、今のところ実現するまでの方向性を明確に打ち出せない。それが可能になるのではないかと期待している。

 2020年には1エクサFLOPSのスパコンが完成し、国の研究プロジェクトとして様々な重要課題の解消に取り組む。私見では、前特異点は2030年ごろに到来する。2020年から2030年にかけてスパコンの開発はたゆまず進む。この10年間に膨大な研究開発の成果が生み出され、大きな社会変革をもたらすだろう。

 日本には高度な科学技術基盤を支える数多くの研究機関、実験施設、企業が存在し、次世代スパコンを開発する力と実績を持つ数少ない国の1つだ。我々日本人こそが次世代スパコンを開発し、新世界を創出していくという気概を持って開発にまい進していきたい。