野村證券では、ビジネスのコアである証券業務を担う「CUSTOM」と呼ばれるシステムを1980年ごろから運用してきた。同システムはメインフレームをベースに構築されており、約550万の個人口座、約1万の法人口座をその上で管理していた。長年にわたる運用の中で、証券・金融業務の段階的な発展、その時々のビジネス上の要求を取り込みながら、このCUSTOMには随時、新たな機能が追加され、いわゆるスパゲティ状態となったシステムは、さながらパッチワークの様相を呈していた。複雑化したシステムの保守に関わる負荷の増大、あるいは増え続ける取引口座に今後対応していけるかといった拡張性の問題など、様々な課題やリスクが浮上してきていた。

 野村證券ではこれまでもたびたびCUSTOMの刷新を検討し、実際に着手もしてきたが、その都度、一定の成果は得られたものの、結果的には全面刷新には至らなかった。

経営層の強力なコミットメントで業務改革としてプロジェクトを推進

 そうした流れを断ち切る契機となったのが、2008年5月から実施したCUSTOMのシステム構造に関わる検討であった。自前システムに加え、共同利用型の外部サービスの利用も視野に、システムの構造そのものにメスを入れるべく検討を行うことになった。

 2年後の2010年7月の検討では、野村総合研究所(NRI)が提供する証券会社向けの共同利用型バックオフィスシステム「THE STAR」をリテール基幹系システムとして導入するという方針を固めた。

 その2年間にシステム刷新に関わる検討プロジェクトでは、THE STAR導入の実現可能性を探る一方、経営者の理解を得るための議論や調査も重ねてきた。メンバーには、ITシステムの専門家はもちろん、支店長としてビジネスの最前線にいた営業部門のメンバー、あるいは証券業務のオペレーションに精通した担当者など、異質の職能が参集。多面的で密度の濃い議論を継続できた。また、経営層の強力なコミットメントも得て、これら全てが推進力となった。

 2010年7月の方針決定から2年半にわたる導入プロジェクトがスタートするが、早くも数カ月後に大きな壁に突き当たる。野村證券が洗い出した今回の移行対象となる業務は計9000項目だったが、半数の4500項目がTHE STARでは賄いきれないことが分かった。仮にこの4500項目のギャップをカスタマイズによって対処するには、1000億円超のコストが発生することになり、その選択肢は言うまでもなく問題外だった。

 これに対し野村證券が取った施策は、業務をシステムに合わせるという大胆なものだった。具体的には、改めて4500項目の仕分けを行い、うち1000項目はカスタマイズもやむなしと結論したが、2600項目はカスタマイズせず業務プロセスを変更して対処することにした。残りの900項目は、業務やサービスそのものを廃止するという決断を行った。今回のTHE STAR導入プロジェクトは、営業部門というビジネス部門のオーナーシップの下、業務のスリム化にチャレンジする業務改革プロジェクトであるという認識で進められたからこそ、こうした対応も可能だった。

「自由度」を獲得したことで今後に向けた幅広い挑戦が可能に

 こうした取り組みの結果、野村證券における“レガシー脱出”の取り組みの端緒を開くTHE STARの導入が当初の予定通り2013年1月に完了した。

 以後も、CUSTOMからの脱却は「CUSTOM Off-Boarding(COB)」と名付けられて続いていった。具体的にはTHE STAR導入プロジェクトでは対象外だったリテール以外のホールセール証券業務や決済システムをI-STARに移行。それが完了した2015年1月に野村證券ではホストコンピュータの利用を終了した。さらに、旧来のメインデータセンターの利用を終了、2016年3月には残存システムの刷新も完了。ここに“レガシー脱出”に向けた一連の取り組みが終了した。

 以上のような経緯で達成された“レガシー脱出”が野村證券にもたらした成果としては、より整然としたシステム構成や高度なキャパシティと安定稼働、システムコストの低減など様々なものが挙げられる。なかでも最も価値が高いといえるのが「自由度」の獲得だ。セキュリティを堅牢にするにも、ガバナンスを強化するにも、そして「FinTech」を含めて加速度的に進展する技術の恩恵を享受するためにも、レガシーが足枷になっては身動きが取れない。「自由度」を獲得したことで、我々は今後の様々な挑戦に向けたスタート地点に立てたものと考えている。

記念すべき10回目のグランプリは野村證券の大規模システム刷新

 日経コンピュータ主催による優れたIT活用事例を表彰する「IT Japan Award 2016」。10回目となるグランプリは、証券業務を支えてきた独自の基幹システムを廃止し、新システムへの移行を完了した野村證券が受賞した。金融機関をはじめ多くの大企業が、レガシー化した基幹システムをどうするかで苦慮する中、抜本的解決の方向性を示す取り組みとして高く評価された。

 準グランプリは、建設機械メーカーのコマツと半導体装置メーカーのディスコ。ドローンを活用したスマートコンストラクションへの取り組みをしたコマツは、建機の自動化まで推し進めた先進性が評価された。業務アプリを全社員で内製化したディスコは、独自の評価制度により全従業員が率先して業務アプリを作る体制を築いた点が高い評価を受けた。特別賞は、1万台以上の洗濯機・乾燥機をIoT化したITランドリーのアクアが受賞した。

 審査は、日経コンピュータ2015年5月14日号~2016年4月28日号に掲載した事例から選出し、有識者を交えた審査委員会で行われた。