筆者はウィスキーをたしなむが、この世界にもプロフェッショナルがいる。その一人が、サントリースピリッツの名誉チーフブレンダー・輿水精一さんだ。昨年、日本人として初めてウィスキー殿堂入りを果たしたので、ご存じの方も多いと思う。

 手掛けたウィスキーは世界的な酒類コンペティションで受賞している。輿水さんと最初にお会いしたのは、あるバーテンダーの方が主催する蒸溜所の見学ツアーだった。そこでジャパニーズウイスキーへのこだわりや独創性、競争力を求める姿勢、手間暇を惜しまぬものづくりのスタイルなどの話に惹かれた。当時、筆者が委員長を務めていたプロジェクトマネジメント学会の大会でキーノートスピーチをお願いした経緯がある。ウィスキーは香りや味わいなど「うまい」を対象にしており、ソフトウエアと同じように形がない。私たちが取り組むITプロジェクトでも学ぶことが多い。

 先日、ある蒸溜所の見学ツアーで、再び輿水さんにお会いする機会に恵まれた。ウィスキーに関する輿水さんのお話はいつも興味が尽きないが、今回、とても印象に残る言葉があった。「同じ味を継続していてはダメ」というものだ。受け継がれた技をベースにしている世界では「伝統の味を守る」「昔からの変わらぬ味」をうたい文句にする商品が多く、漠然とだがウィスキーにも同じようなイメージを持っていたので、輿水さんの言葉は意外だった。その次に「昔うまいと思って飲んだものが、今飲むと大したことがなかったりする」との言葉が続き、進化し続けることの大切さを体現していることが分かった。

 既存の銘柄でも、使える原酒は異なってくるので、毎年全銘柄のレシピを見直すそうだ。プロジェクトマネジメント学会で聞いた輿水さんのスピーチの最後の言葉は「継承と革新」だったことを思い出す。理念や思い、技術・技能などは継承するが、絶えざる変革やリファインメントも同時に行う。まさにプロフェッショナルだ。

「次は目標を上げよう」となりにくいIT現場

 ITの世界では、技術進歩が激しく、革新の連続で常に進化を続けているという印象を持つ。だが、プロジェクトマネジメントの世界を見てみるとどうだろうか。「今回のプロジェクトはここまでできたから、次のプロジェクトは品質や作業効率をさらに改善し、もっとよいシステムを効率良く作ってやろう」という意識が働くだろうか。

 現実には難しいと思う。ITプロジェクトは、他の分野のプロジェクトに比べてリスクが高い。たとえプロジェクトがうまくいっても、自信を持ってコントロールできたと言い切れるケースは少ない。実際には、たまたまうまくいったとか、危なかったけど何とかなったとか、運が良かったと感じるケースがほとんどではないか。このような状況で、今回はここまでできたから、次は目標を上げようと言われても、なかなか受け入れにくい。

 自信を持てるまで、同じレベルの目標に据え置きたいという気持ちは分かる。だが、ダメならもう一度チャレンジするぐらいのつもりで、より高い目標を設定したい。自信を持てる状況など来ないかもしれない。輿水さんの域に達するのは難しいが、それでも「昨日より今日、今日より明日」だ。プロフェッショナルとして進化し続ける気持ちは持っておきたい。