「申し訳ありません。その協力依頼、対応いたしかねます。課長から断ってください」
舞子は毅然と、しかし丁重に伝えた。
ナレッジ管理チームからの協力依頼の話を聞かされた舞子。なんでも、舞子の率いる購買システム運用チームのトラブルや対応事例を研究したい。その研究に付き合って欲しいとのことだ。そんな余力は、いまチームにない。
「分かった。分かりましたよ。じゃあ、こういうのはどうだろう?年明け、そうだね…1月くらいまで待って、そのときのチームの状況を見て、協力するかどうかを判断するっていうのは?」
衣笠は額の汗を拭き拭き、代替案を提示した。彼も一度は「協力します」とナレッジ管理チームに返事をしてしまった手前、ゼロ回答は返しづらいのだろう。年明けの1月か。そのころには、いまのドタバタもだいぶラクにはなっていそうだ。
「分かりました。1月ですね。それまでには、チームの稼働を安定させられるよう、頑張ります」
舞子は深々と頭を下げ、自席に戻った。
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星のきれいな夜だ。
こんな日は、いつもなら駅裏のバルで1杯、落ち着けてから帰るところだが、今日の舞子には、それよりもやりかけのドラクエの続きのほうが気になっていた。家路を急ぐ。
舞子は「ドラクエIII」の冒険をひと休みし、先週からは「ドラクエIV」をプレイし始めていた。このゲームはなかなか画期的で、AI(人工知能)を搭載した自動戦闘機能などが話題を呼んだ。
「さて、いよいよ最終章ね!」
自室に戻った舞子。コントローラーを握る手に力が入る。
ドラクエIVの最終章(第5章)では、リーダー(=プレイヤー=主人公の勇者)はメンバーに細かな戦闘の指示をできない。その代わり、リーダーはメンバーに戦闘のポリシー(方針)のみを伝える。「ガンガンいこうぜ」「いのちをだいじに」「じゅもんをつかうな」など。このポリシーに沿って、メンバーは自律的に(AIが考えてくれるのだが)戦ってくれるのだ。
「ううん。ヒットポイント(体力)が減ってきたから、ここは『いのちをだいじに』でいっとこう」
テキパキとメンバーに戦闘ポリシーを示す。そこではたと気付いた。
「あれれ。そういえば私…アーサーとすけさんに戦うポリシー、きちんと伝えていたかな?」
ぼんやりと画面を見つめる舞子。その先では、仮想のメンバーたちがポリシー通りの戦闘を繰り広げていた。