「クレーム・トラブルの対応時間削減」
とりあえずのチーム目標を掲げた舞子。日々の残業時間を減らしつつ、「打倒ラスボス」(=相次ぐ購買システムのトラブルの根本原因解決)を目指すためのファーストステップとして設けた。舞子はこの目標を、2人の部下(アーサー、すけさん)に説明した。ところが、コトはそううまくは運ばない…。
「ねえ、もう8時を過ぎたんだけど、まだ上がれそうにないの?」
ユーザーからの電話対応であたふたしているアーサー。通話を保留にしたタイミングを見計らい、舞子は突き刺すように問いかけた。
「あ、すぐ終わります!すぐ終わります!…ええっと、この内容、確か以前も聞かれて答えたよなぁ。あのときのメモ、どこやったっけ…」
机の周りをガサガサとあさるアーサー。やれやれ、こんな調子では残業削減なんて、ほど遠い。舞子はため息まじりに、天井を仰いだ。その刹那、アーサーの隣の空席が目に入る。もう1人の部下、すけさんは既に帰宅していた。
丸っこい顔立ち、性格も丸いすけさん。話し方もスローだが、仕事は丁寧なようでユーザー対応や開発チームへのエスカレーションもスムーズだ。のんびり口調が、相手に安心感を与えているのかもしれない。がさつで相手を不安にさせている誰かさんとは、大違いだ。
その誰かさんはといえば、電話の向こうで顔の見えない相手に、ペコペコとお辞儀している。その場しのぎの適当な回答をしようとして見透かされ、叱られている様子だ。
「もういい。私に代わって!」
痺れを切らした舞子。アーサーの左手から受話器を、わしづかみにした。
「お電話代わりました、購買システムチーム、リーダーの並木と申します…」
素早く、よそ行きの声に着替える。舞子の大人の対応力で、なんとかその場を凌ぐことができた。
「明日からもっと効率よく対応してよね。残業減らさなくちゃいけないんだから」
それだけ言い残すと、舞子は足早にフロアを去った。
その2時間後、自宅マンションの部屋でテレビ画面を見つめる舞子の姿があった。風呂あがりのジャージスタイル。ベッドに腰掛け、右手には缶ビール、左手には赤いコントローラーが握られている。脇にはファミコン本体が、ベッドの揺れに合わせて小刻みにバウンドしている。
舞子は、実家からファミコン本体とドラクエIIIのソフトをこっそり持ってきていた。母親に見つかるのは気が引けたため、衣類と一緒にスポーツバッグの底に忍ばせて持ち帰った。以来、毎晩ドラクエの世界に浸って1日を締めくくっている。
勇者まいこは、戦士、僧侶、魔法使いをメンバに選び、4人パーティーで冒険の旅に出た。4人を率いるのはもちろん、画面の外の舞子だ。道中、数々のモンスターに遭遇して戦う。戦闘を繰り返すうちに、敵の攻撃パターンや耐性がわかり、攻撃の仕方も工夫するようになる。
呪文の効きやすいモンスターは魔法使いや僧侶に呪文で攻撃させて、呪文が効かないモンスターは勇者と戦士に戦わせる。この組み合わせを間違えると、戦闘が長引いてパーティーは疲弊してしまう。
「あれ…そういえばさ…」
画面の中で戦う4人を見て、ふとつぶやいた。
「あの子たちって、そもそも戦士なのかな?僧侶なのかな?それとも…」
舞子は気がついた。アーサーとすけさんはいったい何の専門家なのか?いや、それどころかいままでどんな仕事をしてきて、何が得意なのかすらほとんど知らないことに。
「これじゃ、戦えない…よね」
フィールドのBGMが深夜のマンションの一室に明るく響く。戦闘を終えたパーティーは、舞子の操作を待って元気に足踏みを繰り返した。