「並木さん。お取り込み中ごめんね。ちょっと、会議室に来てもらってもいいかな?」
月曜日のお昼前。突然の課長の声がけで、舞子は席を立った。舞子は、今朝も派手に遅刻してきた部下のアーサーに説教をしていた。まだしぼり足りない気もするが、仕方がない。いったん怒りを止めて、課長の後に続いた。背後からアーサーの安堵のため息が聞こえる。
「実はね。購買システムチームの残業が突出して多すぎるって問題になっていて…今月から残業減らしてもらえないかな?」
上司で課長の衣笠は、薄くなりはじめた前髪をかきあげる。舞子は一瞬、自分の耳を疑った。
「残業を減らせ?それ…本気で言っています?システムはトラブルだらけ、ユーザーからはクレームだらけ。この状況、分かっていますよね?一体どうしろと!?」
冷静に問いかけているつもりだが、自然に声とジェスチャーが荒くなる。
「まあまあ、気持ちは分かるんだけれどね。部長にはもう、残業予算、減らしますって約束しちゃったんだよね…。なんとかしてよ」
また現場を見ずに勝手な約束を…。冗談じゃない。
「秋には新入社員を1人、下につけてあげるから。そうしたら、もう少し楽になるからさ…。頼むよ、キリコちゃん」
「私、キリコじゃありません。マイコです!失礼します」
まったくメチャクチャだ。バグだらけの購買システムの運用を押し付けられたうえに、「残業するな」だなんて…。新入社員をつける?新人を手取り足取り教育するヒマなんてない。正直、ありがた迷惑だ。いっそ、このポンコツなシステムを作った開発チームのメンバーをよこしてくれたほうがまだマシだ。責任をとらせる意味でも。
部下や外注さんからは、「この高負荷状態、いつまで続くんですか?」と問いつめられているのに…一体この状況、どうすれば?
その時、舞子の頭をよぎった。先週末、実家に戻ったときにプレイした、ドラクエの旅立ちのシーンだ…。