「あのさ、何度言わせれば気が済むのよ?同じようなミスばかりやらかして…やる気あるの?」
並木舞子、35歳。
産業機械メーカーのアリア機械で、情報システム部の課長代理として働く。職場では、購買システムの運用チームリーダーを務めている。4月の購買システムのリリースに合わせて、発足したばかりのほやほやの組織だ。メンバーはみな、性格も趣向もバラバラで、正直、一体感があるとは言いがたい。
舞子自身、上司とも部下ともなんだか呼吸が合わず、すれ違いによるいざこざが絶えなかった。加えて、トラブル対応やら、ユーザークレーム対応やらで残業続きの日々。身も心も疲弊していた。そんなイライラもあってか、今日も主任の朝比奈猛(通称:アーサー)のミスを、ついついきつく叱ってしまった。
「さすがに疲れたな。たまには実家に帰ってのんびりしよう」
いまは、金曜日の夜10時。明日からの週末を実家で過ごすことを決めた舞子は、いつもは利用しない東京駅の地下ホームに降り、少し混んだ横須賀線のグリーン車のシートに身を沈める。
立ち上げ間もないチームに、来る日も来る日もあたふたピリピリしている舞子。そんな姿を横目に、誰が言い始めたのか?いつしか「キリキリ舞い」なんてニックネームが付いていた。まあ、言わせておけばいいさ。とにかく今は何を言われようが、突き進むのみ。
「まったく、どいつもこいつも…」
そんなことをつぶやきながら、舞子は歯を食いしばるような表情で思いっきり、缶ビールのプルタップを引いた。窓の外には、夜の街並みが流れていく。心地よい列車の揺れと相まって、まどろみを誘う。間もなく、舞子は深い眠りについた。
実家の母は、いつもの笑顔で優しく迎えてくれた。深夜の会話もそこそこに、舞子は2階の自分の部屋に籠もる。実家に帰ってやることは決まっている。本棚や押し入れを開けて、昔読んだ少女マンガや卒業アルバムなどを読みふけり、過去の思い出に浸るのだ。実家は舞子にとって現実逃避しつつ、自分を元気付けるための原点回帰の場所である。
「今日は、もう少し奥をあさってみようかな」
短パンにTシャツ姿の舞子は、身をかがめて押し入れの奥に潜り込んだ。すぐに懐かしいものを見つけた。
「ドラゴンクエストIII」
往年の名作といわれたファミコンソフトだ。黒いプラスチックのカートリッジに貼られた赤いラベルは、すっかり色あせていた。
「うわぁ、懐かしいな。小学生の頃、クラスの友達と夢中になってやったっけ」
ほこりをはたき、カートリッジを、これまたすっかり黄ばんだファミコン本体に差し込んで、電源をONにする。久しぶりに見るドット絵の懐かしい景色と、蘇る手の感覚。舞子はしばし画面の中の世界に身を浸す。
勇者「まいこ」は、国王から魔王を倒して平和を取り戻す使命を言い渡される。
与えられた少ない予算と道具を手に、城下町の酒場で仲間(メンバー)を集め、4人の戦隊(パーティー)を組んで敵の城を目指す。
そうそう、こんなストーリーだったっけ。町の人たちとの会話、フィールドで出会うモンスター、すべてが懐かしい。と、小一時間ばかりプレイして、舞子はあることに気がついた。
「あれ…これってさ、もしかして職場のチームマネジメントと一緒??」
2次元の世界を見ながら、ひとりつぶやく舞子。画面の向こうのパーティーに、舞子と部下たちの姿を重ねるこのお話は、チームリーダーの舞子がドラクエの世界と現実の世界を行き来しながら、チームマネジメント能力を成長(レベルアップ)させていくものがたりである。
あまねキャリア工房代表