ギリギリまで頑張ってない?
イラスト:湊川あい
イラスト:湊川あい
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 新人アキナの転職騒ぎも一件落着。舞子のケアで、アキナは気の迷いから目を覚ました。今は落ち着いて仕事に取り組んでいる。

 ――やれやれ、一体どうなることかと思ったわ。

 これからいよいよ忙しくなるのに、ここでメンバーに抜けられたらたまったものではない。帰り道、舞子は自分へのお疲れ様の意味を込め、缶ビールを買った。

 「さ、続きをやろう」

 マンションの自室に戻った舞子。ビールとおつまみを片手に、ドラクエIIIの世界に身を浸す。

 勇者まいこ率いる4人のパーティー。レベルも上がり、そこそこの強敵とも戦えるようになってきた。そうなると戦闘が面白くなり、どんどん強い敵に戦いを挑みたくなる。

 ドラクエでは、各メンバーにHP(ヒットポイント=体力)が割り当てられており、HPがゼロになるとそのメンバーは死んでしまう。プレーヤーは体力回復の呪文を使ったり、町の宿屋に泊まったりして、メンバーのHPがゼロにならないよう気を配りながら旅を続ける必要がある。

 「ドラクエの世界っていいよね。残りHPが『300』でも『1』でも、メンバーのパフォーマンスは変わらないし。ギリギリまで頑張れちゃう」

 舞子の言うとおり、ドラクエの世界の住人は体力が全快の状態でも、HPが「1」という瀕死状態でも、攻撃力や素早さなどのパフォーマンスは変わらないのだ。極限まで無茶できる。

―――――

 翌日。じわりじわり、購買システムチームの仕事が忙しくなってきた。先週、購買システムに新たな機能が追加された。リリースから1週間、徐々に初期トラブルが顕在化し、ユーザーへの影響が出てくる時期だ。

 ユーザートラブルの対応や運用対処は、すけさんの得意分野。購買部出身の3年目。業務に精通していることもあり、どうしてもメンバー一同、すけさんを頼ってしまう。

 その日も、アーサーとアキナは定時で帰宅したものの、舞子とすけさんは遅くまで残業していた。

 「すけさん、ゴメン。残業続きになってしまっているけれど、大丈夫?」

 栄養ドリンクを差し出しがてら、舞子は部下の様子を伺う。

 「僕は大丈夫ですよ。これでも学生時代は柔道やっていましたからね。体力には自信があるんです」

 いつも僧侶のように穏やかな、すけさん。マイペースだが文句を1つも言わず、遅くまで頑張ってくれている。気が付けば、舞子とすけさんだけが終電で帰宅。そんな日が、しばらく続いた。

 そして、ある日の朝、事件は突然起こる。

 その日、舞子は11時過ぎに出社した。朝イチでグループ会社に立ち寄っていたためだ。フロアに到着した舞子。何だかいつもと様子が違うことに気付く。すけさんの姿がない。キョロキョロする舞子。そこに、アキナがやって来た。

 「舞子さん。大変です。朝、別所さんの奥様からお電話があって…。別所さん、通勤途中にめまいで倒れて入院しちゃったらしいです…」

 「うそっ!?あの、すけさんが?昨日までなんともなかったのに…」

 アキナの言葉をにわかには信じられなかった。昨日の夜も「あはは、大丈夫ですよ」なんて言いながら、一緒に仕事していたのに。一体、どうして!?

 舞子は顔からサーッと血の気が引くのを感じた。

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