「事例発表など、知識共有の取り組みも人事評価の対象とする」
上長に認めさせた舞子。これで少しはメンバーも、業務効率化やナレッジ化に対する本気度合いが変わってくるだろう。舞子はホッと一息ついて帰宅した。
再び、ドラクエIIIを楽しむ。小さなテレビ画面の中では、勇者まいこを先頭に、武闘家、僧侶、魔法使いの4人のパーティーが、今日も元気に冒険の旅を繰り広げる。
このメンバーで唯一、武闘家は呪文(魔法)を使うことができない。素手での戦闘を専門とする、肉体派の職業であるためだ。逆に攻撃力や素早さは高い。
「そうはいっても、呪文も使えるようになってほしいなぁ…」
舞子は眉間に人差し指を当てた。武闘家の攻撃力の高さは魅力だが、いかんせん素手だと1対1でしか攻撃できないのが辛い。呪文を使えれば一度に複数のモンスターを攻撃できるため、戦闘効率が上がる。
「そうだ、転職させよう!」
決心した舞子。パーティーをある場所へ向かわせた。ドラクエIIIには「転職の神殿」なるものが存在する。そこへ行けば、メンバーの職業変更が可能だ。転職したメンバーは元の職業で得た専門性を残しつつ、新たな専門性を得ることができる。
舞子は武闘家を魔法使いに転職させることにした。攻撃力と素早さを保ちつつ、呪文を唱えられれば鬼に金棒。鼻歌まじりに、神殿の主に話しかけた。ところが…
「まだ一人前の武闘家になっていないというのに…。未熟者の分際でもう職を変えたいとは何事じゃ!」
まさかの門前払い!
「しまった!…ルールをすっかり忘れてた」
転職の神殿では、レベル20未満のメンバーの転職は受け付けてもらえない。武闘家の今のレベルは16。修行して出直して来いというところか…。舞子は、そのまま地道に旅を続けることにした。
―――――
次の月曜日の朝。出社すると、主任のアーサーが浮かない表情でそわそわしていた。気になるな。舞子はコーヒーカップを片手に話しかけた。
「いやぁ…その。アキナが気になることを言っていましてね…」
新人のアキナに一体何があったのだろう?
「休憩室で同期と会話しているところを、たまたま聞いちゃったんですけどね…」
そう前置きして、アーサーは続ける。
「ええっ、アキナが転職を!?」
「シーッ、舞子さん、声が大きいです!」
趣旨はこうだ。週末、アキナに転職斡旋のエージェントからスカウトメールが届いた。記載されていたポジションは、RAPCOM Japanの営業とのこと。RAPCOMといえば、最近急成長しているインターネットサービスの新興企業だ。
アキナは自分にスカウトが届いたことを同期に誇らしげに話し、「エントリーしようかな」と言っていたらしい。それでか。今日はアキナのテンションが妙に高い。
「でもそれってさ、私のところにもたまに届くけど結構当てずっぽうなメールよね」
「ですよね…。特にRAPCOMみたいな急成長企業は増員に躍起でしょうから、未経験者にも手当たり次第スカウトメールを送っているんじゃないっすかね…」
アーサーは同意する。やれやれ、アキナは「選ばれし者」のような勘違いをしているようだ。
「アキナ、ちょっといい?」
舞子は、浮かれ気味のアキナを応接室に呼び出した。