新入社員、アキナのレベルが上がった。いままでアキナには、メールでのユーザー対応(問い合わせ、クレーム、申請などの対応)のみを任せていた。だが、概ね「2ターン以内で対応を完了する」という目標を達成できてきたので、次のステップとして電話対応もやらせてみることにした。
「ようやくレベル2ってところですかね?」
育成担当のアーサーも嬉しそうだ。ところが、いざ電話対応を任せてみると…。
「はい。はい。そうなんですけどね。…ていうか、それ購買システムの仕様ですよね!なんともなりませ~ん」
どうも言葉遣いやトーンが気になる。随分とフレンドリーな口調で話しているが、相手は誰なのだろう?同期入社の仲間?舞子は耳をそばだてた。アキナの会話は続く。
「さーぁ。わたしが入社する前に決まったことなので。それ、開発チームに言ってくださいよぉ~。お願いします、川上さん、あはは!」
――か、か、川上さん!?購買部の部長じゃないの!この子ったら、ユーザー部門の部長相手になんて軽々しい口を…。
血の気が引く舞子。慌てて受話器を奪って電話を代わろうとするも、通話は終わっていた。時既に遅し…。
「あのね、アキナ。他部署の部長さん相手に、その話し方はないんじゃないかな?」
アキナをたしなめる舞子。顔が引きつるのが自分でも分かる。しかし、アキナはきょとんとしている。
「でも川上さんも楽しそうに笑っていましたよ。『あはは、そうだね。おっしゃるとおりだよね』って!」
一体何が問題なんですか?と言わんばかりの表情ですましている。舞子は返す言葉がない。
そのとき、舞子のメールボックスに1通の電子メールが届いた。差出人は…購買部の川上部長だ!恐る恐る開封する。
お疲れ様です、購買部の川上です。
新入社員の日野さん、新人らしく元気で無邪気なのはいいけれど、ちょっと言葉遣いや態度が気になりました。
取引先など、社外の人にご迷惑をおかけする前に、指導なさったほうがよいかもしれません。
老婆心ながら。
川上
読み終わるが早いか、舞子はフロアを飛び出し一目散に購買部に向かった。川上部長に平謝りし、自席に戻った舞子。改めてアキナと話をしなくては…と見回すも、あれ、アキナの姿がない。
「定時の鐘と同時に帰りましたよ。同期の女子会があるとかで…いいっすね。俺も混ざりたいな…」
アーサーがヘラヘラと答えた。
――あはは、そうですか、そうですか…。それは結構なことで。
舞子はただ笑うしかなかった。
―――――
「まったく、誰のために駆けずり回っていたと思うのよ…!とりゃっ、うりゃっ!」
家に帰った舞子。またまたドラクエに興じる。今夜のお供はドラクエIV。行き場を失った怒りの矛先を、画面に現れたモンスターにぶつける。今日の舞子の攻撃はいつになく過激だ。
ドラクエIV(の最終章)では、AI(人工知能)を利用した自動戦闘が行われる。モンスターと遭遇した際、プレーヤーが指示できるのは主人公(勇者)のみで、他のメンバーは、それまでの戦闘経験を基に自分で判断して攻撃する。
ところが、このAIの学習能力がちょっと困ったチャンで、なかなかプレーヤー泣かせなのである。
「だああ…!このモンスターには呪文が効かないってのに、なんで呪文で攻撃しようとするのよ!馬鹿!」
「こういう時は、まず守備力を上げる呪文を唱えなさいよ!」
「だから、こっちの敵から先に倒しなさいよ!」
なかなか思ったように学習してくれないし、動いてくれない。2次元の相手に、思わず舞子は声を荒げる。
…と、そこで舞子はふと思った。
「あれ。そういえば私…メンバーに『戦い方』、見せられているかな?」