新入社員アキナの育成を、主任のアーサーに任せた舞子。その日の夕方、早速アーサーを応接室に呼び出した。今後の育成方針を聞くためだ。テーブルを挟んで向き合う課長代理と主任。
「でさ、アーサーはアキナをどうやって育成していくつもりなの?方針を聞かせてちょうだい」
舞子は深すぎるソファから身を乗り出して、脚を組む。
「うーん。方針って言われても…」
アーサーはそのままうつむいて黙り込んでしまった。
「なんかあるでしょ?こういう知識を身につけさせたいとか、どこまで本人の自主性に任せて、どんなときに助け船を出すとか、そのためにどういうやり方をするかとか…」
舞子はさらに前のめりでまくし立てる。
「そうっすねぇ…。正直、俺もいままでちゃんとした教育って受けたことないような気がするんですよ。なので、方針って言われても、なんかピンと来ないんすよねぇ…」
困り顔のアーサー。腕組みして、宙に顔を向ける。2人は再び黙ってしまった。その沈黙を、夕焼け小焼けのメロディーが軽やかに破る。5時だ。開発チームとの定例会議に参加しなくては。
「続きは明日の朝やろう。自分なりにしっかり考えておいて。あ、遅刻しないように!」
舞子は慌てて席を立ち、会議室を去った。
―――――
「アーサーの気持ちも分からなくはないけど、もう少し先輩社員として自覚を持って考えてほしいもんだわ」
今日も遅くに帰宅して、風呂から上がった舞子。ぶつぶつ言いながらドラクエのカートリッジをファミコン本体に差し込んだ。1日の締めは、やはり缶ビールとドラクエに限る。
昼間の険しい表情はどこへやら、舞子はニコニコ顔でファミコンのコントローラーを握った。
勇者まいことその一団(パーティー)は、また1つ謎解きを終えて次の町にたどり着く。新しい町に着いて、まずやることは決まっている。情報収集だ。
くまなく歩き回り、住人や旅人、ときに牢屋の囚人や動物にまで(?)、とにかく話しかけて冒険のヒントを得る。これがドラクエの旅の醍醐味でもある。
一方的に情報をくれる人もいる。そうかと思えば、質問を浴びせてくる人もいる。
「王様に呼ばれてきたのか?」
「たとえ1人でも戦う勇気が、お前にはあるか?」
「売っているものを見ますか?」
ときに、
「あら素敵なお兄さん!ねえ○○○○しましょっ。いいでしょ?」
なんてあでやかな問いかけまで…。
プレイヤーは、画面に表示される「はい」と「いいえ」のコマンドいずれかを選んで、会話を進める。
――ドラクエの世界のコミュニケーションって、シンプルでいいよね。
座卓に頬杖をつきながら、しみじみと思う舞子。画面の「はい」を選択しようとした瞬間、はたと気付いた。
「ああ、そうか!こういう聞き方をしてあげれば、メンバーは悩まなくて済むかもしれない…」
夜の町は、今日も静かに更けていく。