「はじめまして。日野 秋菜(ひの あきな)と申します。今日からよろしくお願いします!」
週明け。職場の空気が少し明るくなった。舞子のチームに新入社員が配属されたのだ。女子大を卒業したばかりの文系女子。若い子が1人いるだけで、景色が変わる。
舞子は、人事部から渡された申し送りメモをチラ見した。
『日野 秋菜。愛想よく、コミュニケーションにも問題は見られない。ただし、指示待ちで、他責傾向。おっとり、のんびりしたところがある』
――ううん。いかにもイマドキの新入社員といった感じだな。
ひとまず、指導はアーサーに任せようと思って振り向く。が、肝心のアーサーの姿がない。そのとき、オフィスの扉が勢いよく開いた。
「すみません!舞子さん、また寝坊しましたっ!」
髪をふり乱して自席に滑り込むアーサー。舞子の頭に血が上る。
「あのね。アーサー、今月これで何度目?新入社員の日野さんも来たんだし、いい加減しっかりしなさいよ!」
怒号がフロアに響き渡った。課長代理の突然の剣幕に、ポカンとするアキナ。でも次の瞬間…
「わぁ。なんだか、ドラマのワンシーンを見ているみたいです」
すぐに、ニコニコと微笑んだ。その無邪気さに、舞子もそれ以上怒るのをやめた。
「アキナちゃん、まずはこの遅刻センパイに付いて、基本的な仕事を覚えてもらえるかな?」
優しいトーンで接する舞子。
「はい!頑張ります!」
こうして、新しい仲間が加わった。ところが、その日の夕方…
「舞子さん…私…この仕事、ムリです!」
アキナは、今にも泣き出しそうな顔で、舞子のところにやってきた。一体何があったというのだろう?
舞子はキーボードを打つ手を止めて、話を聞こうとした。が、アキナはそのままフロアを飛び出して、どこかへ行ってしまった。
――え?え?
まったく状況が飲み込めない。舞子はアーサーを手招きした。
「ねえ、一体彼女に何があったの?説明して」
「あ…、えーと、手始めにユーザー対応をやってもらおうと思って、電話の応対をしてもらってたんですけどね」
ポリポリと頭をかきながら説明するアーサー。それだけで泣いて飛び出す事態になるとは思えない。
「最初は、楽しそうに対応していたんですよ。なので、大丈夫かなと思いましてね…それで…」
「それで?」
舞子は、問いただすように復唱した。
「ついさっき、また電話が入ったんです。品質保証部の狩場さんから…」
その名前を聞いた瞬間、舞子は背筋がゾゾっとなった。泣く子も黙る狩場課長。情報システム部内、いや、社内でも「超」が付くほど有名なクレーマーだ。よりによって配属初日から厄介な相手に当たったものだ。
「で、狩場さんの対応も、そのままアキナにやらせちゃった、ってわけ?」
「ええ。僕も面倒くさいクレーマーの対応は苦手ですし、新人ならフレッシュさで乗り切れるかな~、なんて…」
アーサーの目が泳ぐ。舞子は、あからさまに大きなため息をついた。
「あのさ…、レベル1の新入社員に、いきなりそれは厳しすぎやしないかい?」
「やっぱりそうっすかねぇ。いい経験になると思ったんですが…」
「もういいわ、私がナントカする」
そう言って、舞子もフロアを飛び出した。