次の週。金曜日の昼下がり、舞子は横浜の桜木町の駅前広場に降り立った。海からの冷たい風が頬を打つ。ナジミ倉庫の本社は、ここから歩いて7~8分ほど。みなとみらい地区のオフィスビルの中にある。
「来年度、アリア機械の購買システムを、グループ会社のナジミ倉庫にも導入せよ」
先週、そのミッションを言い渡された舞子は、ナジミ倉庫の情報システム室長をドアノックする前に、ひとまず課長の林と、その部下に話をしに行くことにした。
たまには外出もいいものだ。大きな観覧車をチラチラと仰ぎながら、舞子はペデストリアンデッキの動く歩道を、いつもよりゆっくりとしたペースで歩く。
「並木さん…ですか?情報システム室の林です。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
受付に濃紺のスーツを着た男が現れた。中肉中背、ところどころ白髪が交じっている。年は30後半から40ちょっとといったところか。林の横には、舞子より少し年下と思しき女性が、ニコニコして立っている。ドッド柄のベージュのワンピースが爽やかだ。
「堀口と申します。林の下で、システム企画を担当しています。どうぞよろしくお願いします」
舞子は二人にお辞儀をし、オフィスに入る。
「ええと、応接室が取れなくてですね…すみませんが、そこのオープンスペースでお願いします」
挨拶もそこそこに、舞子は林に導かれて入り口付近の打ち合わせコーナーに入った。堀口も後に続く。
「アリアの購買システムの導入ですか。ちょっとそれは…正直厳しそうですね…」
「と、おっしゃいますと?」
難色を示す林に、舞子は素早く切り返す。
「購買システムは、うちは既にパッケージを使っていましてね。で、それをもうしばらく使い続けることになりそうなんですよ。今のサーバーを更改する計画で、来年度の予算も組み始めています」
よくある話だ。舞子はさほど驚くこともなく続ける。
「状況は分かりました。でも、アリアグループのガバナンス(統制)と全体最適の観点で進めろと、先日の経営会議で決まったようなのです」
ひとまず、教科書をなぞるような説明を試みる。
「それは分かるんですけれど。うちの事情もありましてねぇ…」
アリアグループでは、歴史的に親会社のアリア機械よりもグループ子会社の声が強い。とくに、ナジミ倉庫は元アリアの「うるさ型」OBが多く、ひと癖もふた癖もあると悪名高い。ガバナンスだの全体最適だの、そんな美辞麗句が通じる相手ではなさそうだ。
「来年度からいきなりってのは現実的じゃないなぁ…。そうだよね、堀口さん?」
林は、隣の堀口に同意を求める。
「そうですねぇ…でも、既存システムの継続もまだ本決まりではないので、何とでもなると思いますが」
「いや、それはないでしょ…」
堀口のレスポンスに、林が異を唱えた。