「ブロックチェーンの革新性は“トラストレス”にある」、とよく言われる。一般には、銀行のような「信頼(トラスト)のおける第三者」がいなくても、改ざんの心配なく取引を記録できる、といった意味で使われる。

 しかし、よくよく考えると、「トラストレス」の意味するところは曖昧だ。そもそも情報システムにおける信用、信頼とは何なのか。実はここに、ブロックチェーンを現実世界に適用する上で、大変に重要なカギがある。連載第6回となる本稿では、「ブロックチェーンはトラストレス」という言葉の意味するところを掘り下げてみることにしたい。

トラストとは「確認しない」こと

 日本語では信用、信頼などと訳される「トラスト」だが、その本質は「確認しない」ことにある。確認ができれば、それはもはや「知っている」のであって、「信頼する」といった不確実性のある行為は必要ないからだ*

*ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルは「信頼とは、想定される将来の挙動に関して、実際の行動の根拠となるのに十分確かな仮説で、その人に対する知と無知の中間の状態である」と述べている(参照:Duncker & Humblot

 タイムスタンプ技術(そのデータがある時点に存在していたことを証明する技術)に関する国際標準の一つ「ISO/IEC 18014-2」では、トラストの定義として「ユーザまたはその他のステークホルダーがその製品又はシステムが期待したとおりに振る舞うと信ずる度合い」と記述している。日本語でシステムというと、コンピュータシステムのことが頭に浮かぶことが多いだろう。だが、本来はシステムとは「部分を含む全体」、つまり「系」という意味だ。これを一般化するならば、「トラスト」は「(誰かが)ある系が期待通りに振る舞うと信ずる度合い」といえるだろう。

 例えば、私が友人の昼食代を立て替えたとしよう。私はこのとき、これまでの友人との付き合いから「高い確度で代金を返してくれる」と信じたのであって、彼の銀行口座残高などの支払い能力を確認したわけではない。つまり、私は彼をトラストしたわけだ。あるいは、私が銀行に預金する場合を考えてみよう。このとき私は、「その銀行は預金を横領したりせず、安全に守ってくれるだろう」と高い確度で信じている。つまり、私が銀行をトラストしたのだ。銀行のオペレーションや財務状況を確認したわけではない。

 このように、系の利用者が自ら確認することなく「期待通りに動くであろう」と考えることが、「系をトラストする」という意味なのである。現実の社会は、このような「トラストされた系」に大きく依存し、それによって社会コストを大きく引き下げている。利用者が毎回「確認」するのはあまりにもコスト高だからだ。

「トラストされる系」とは何か

 では、系がトラストされるための条件とは何だろうか。

 消費者が、ある製品やサービスをトラストする際に最も重要視するのは、製品やサービスを提供する事業者の評価の高さ、すなわち「ブランド」だと言われる(参照PDF 情報通信学会:個人情報をベースとしたパーソナライゼーション・サービス利用の消費者選好に関する研究) 。「越後屋が取り扱っている着物ならば、悪いものは混じっていないだろう」といった形で、事業者を信頼するのだ。そのため企業は、ブランドを確立するために大変な努力と費用を払っている。

 ただし、もし企業が悪事を働けば、その苦労も一瞬で吹き飛ぶ。そして、人々がそれを暗黙のうちに知っているからこそ、ブランドは信頼のよりどころになる。その意味でブランドの構築とは、「期待を裏切ったら吹き飛ぶ掛け金」を延々と積み重ねる過程、といってもいい。人々は、その掛け金の巨大さと、自分を裏切った時の事業者の利得の低さを見比べ、「これなら大丈夫だろう」とトラストするのだ。