昨今、自動車業界は電気自動車(EV)とICTの話題で花盛りだ。静音化と環境負担の低減のため、社会は自動車のEV化を要請している。自動車とICTといえば、今は最初に「Connected Car」が頭に浮かぶ。従来のテレマティクスを超え、自動車自身および周辺の情報を収集し、インターネットと接続して情報の共有・分析を行うことで、運転の効率化や燃費の向上を実現する。

 EVや自動車のICT化には電源が不可欠で、現時点では家庭や充電スタンドで充電ケーブルを接続して充電するのが一般的だ。しかし、EVの充電ケーブルはガソリンスタンドの給油ホースのように太くて重く、頻繁に充電を行うとなるとユーザーの負担が大きくなる。

 そこで、EVでもワイヤレス充電を使おうという動きが盛り上がってきている。日本でもっとも普及しているワイヤレス充電「Qi」や、前回取り上げた「Cota」など(以下「小電力ワイヤレス充電」)は、充電電力などの点でEV向けには転用できない。つまり、EVへのワイヤレス充電には、これに適した技術が必要となる。

 多くの自動車メーカーはワイヤレス充電への取り組みを進めているが、各メーカーがまったくバラバラに取り組んでいるわけではない。そこにはベンチャーの技術が大きく貢献している。今回はEV向けワイヤレス充電の最新動向を紹介するとともに、ベンチャーやその他企業の技術を紹介する。

EV向けワイヤレス充電の技術的要件

 EV向けワイヤレス充電には、小電力ワイヤレス充電とは異なる技術的要件が必要だ。

(1)大電力

 小電力ワイヤレス充電の伝送電力は数W〜十数W程度で、例えばQiは規格バージョン1.0で最大5W、バージョン1.2で最大15Wだ。しかし、EVははるかに大電力が必要だ。

 実際のEVやPHEV(プラグインハイブリッド車)について、充電時間や急速充電への対応状況、充電ケーブルの形状などの情報をパナソニックがまとめている。これによると、総電力量が10.5kWhのバッテリーを0から満充電するのに、一般家庭の100V電源では約14時間、200V電源では約4.5時間かかるという。

 これらの数値から、充電で消費される平均電力を単純計算すると、100V電源で約750W、200V電源で約2.3kW。つまり、Qiと比べて100倍以上の電力が必要ということになる。

(2)送電—受電間の距離

 前述のQiや、米国で普及しつつある「Powermat」では、電力の伝送技術として「電磁誘導方式」を採用している。この方式はトランスミッターとレシーバーの距離が開くと充電効率が急速に低下するため、スマートフォンなど充電するデバイスを充電パッド(レシーバー)に載せるスタイルを取っている。

 EVへ充電する場合は、トランスミッターとレシーバーが接触して破損する事故を防ぐために、10cm程度の空きが必要となる(図1)。このため、EV向けワイヤレス充電技術はトランスミッター〜レシーバー間が離れていても充電可能な「磁界共鳴方式」が主流となっている。

図1●EV向けワイヤレス充電におけるトランスミッターとレシーバーの位置関係
図1●EV向けワイヤレス充電におけるトランスミッターとレシーバーの位置関係
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(3)トランスミッターとレシーバーの位置合わせ

 Qiなどの電磁誘導方式はトランスミッターとレシーバーの位置関係がシビアで、双方のコイルの軸が一致しないと送電効率が低下する。そのため、トランスミッターとレシーバーの位置合わせの方法が規格化されている。Qiの場合は以下の3つの方法が存在する。

シングルコイル
磁石でデバイスを吸着させ、コイルの位置合わせを行う

コイルアレイ
トランスミッター側に複数のコイルを敷き詰め、レシーバーが置かれた位置を検出し、最もレシーバーに近いトランスミッター側コイルを作動させる

ムービングコイル
レシーバーが置かれた位置を検出し、トランスミッター側コイルを機械的に移動してコイルの位置合わせを行う

 一方、磁界共鳴方式はトランスミッターとレシーバーの位置関係が電磁誘導方式よりも寛容で、多少ずれても送電効率が極端に落ちることはない。EVではトランスミッターとレシーバーの位置合わせをハンドル操作で行わなければならず、シビアな位置合わせが難しいため、磁界共鳴方式が多く採用されるわけだ。

 ただし、コイルのずれが大きいと送電効率の低下だけでなく、タイヤでトランスミッターをひいて破損するリスクもある。そこで、自動車メーカーではトランスミッターをひかずに適切な位置に駐車できるように、ハンドル操作アシスト機能をEVに装備している。

(4)安全性の確保

 大電力を送電するEV向けワイヤレス充電では、トランスミッターとレシーバーとの間で伝送される電磁波の強度も大きくなる。

 トランスミッターとレシーバーとのすき間に動物や異物が入り込むと、発熱や火花が発生する可能性がある。そのため、すき間の異物を検出して送電のオン/オフを制御する技術が重要になる。後述する「Qualcomm Halo」では、トランスミッター上に異物を検知したときは送電を停止する機能を備えている。

 また、大電力の電磁波がEV車内や周辺に漏れると、人体や心臓ペースメーカーなどに影響を与える可能性がある。これに対し、関連企業は国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)などが定める人体防護基準に則った安全対策を採ることで対応しようとしている。