日本の安全保障における宇宙利用は、1998年の情報収集衛星(IGS)計画の開始と共に宇宙平和利用の国会決議をなし崩しにする形で始まり、2008年の宇宙基本法成立と2012年の内閣府・宇宙開発戦略本部を中心とした新しい宇宙開発体制のもとで本格化した。

 現在は偵察用途の情報収集衛星(IGS)、準天頂衛星システム(QZSS)、防衛省用Xバンド通信衛星といった計画を推進・運用し、早期警戒衛星向け2波長赤外センサーの研究開発を行っている。

 このような日本の安全保障目的での宇宙利用は、3つの問題を抱えている。

 まず、利用面を拡大した一方で宇宙全体の予算を増やさなかったために、宇宙向け技術の開発が停滞してしまった。これは安全保障のみならず、日本の宇宙利用全般にとって大きな問題である。持っていない技術は、利用したくても利用できないからだ。

 次に、それと関連して第4回で説明したように、民生用途との関係が「広がる民生用途の一部を安全保障向けに使用する」となりつつあるにも関わらず、古い冷戦時代の宇宙利用をモデルとして計画を進めている。その結果、機密の向こう側で巨費を投じて開発している技術の性能が、民間で利用しているものと大差なく、また開発した技術が広く利用できない。

 3つめは、「どのような宇宙利用が、日本の安全保障にとって最適か」という根本のところを突き詰めて検討することなしに、冷戦期の米国と旧ソ連が保有していたものを日本もワンセット揃えるという方向性で計画を進めてしまったということだ。冷戦時代に米国と旧ソ連にとって役立った道具立てが、21世紀の日本の安全保障に役に立つ保証はない。

「不要不急の技術開発」を強いた政治

 まず、1998年度の補正予算から始まった。IGS計画に費やされた予算の推移を見てみよう。

計画開始以来のIGS予算の推移(出所:内閣官房・内閣衛星情報センター)
計画開始以来のIGS予算の推移(出所:内閣官房・内閣衛星情報センター)
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 IGSの予算は、それまでの宇宙開発関連予算に食い込んだ。総額は増えないまま、年間600億~700億円がIGS関連に割り当てられた。その結果起きたのは、技術開発に回る予算の減少だった。

 2008年の宇宙基本法制定とそれに伴う体制改革が始まると、この傾向は加速した。というのも、宇宙基本法制定に動いた政治家は「日本の宇宙開発の問題点は、文部科学省の“不要不急の技術開発”にあり、これを是正する必要がある」と考えていたからだ。体制改革の過程で文科省系の技術開発全般が批判され、より実用性型回準天頂衛星システムをはじめとした新計画に予算が振り向けられた。

 確かに、1990年代の旧・宇宙開発事業団(NASDA:宇宙航空研究開発機構、JAXAの母体となった組織の一つ)は、技術試験目的の衛星を多数開発していた。これらが1990年代後半から2000年代全半にかけて次々に大事故を起こし、文科省批判の根拠となっていた。

 しかしNASDAは本来、実用性が高い宇宙技術の開発を目的に1969年に設立された特殊法人であった。国として通信衛星、放送衛星、気象衛星などを実用化する技術を開発する組織だったのである。それが1980年代末の米国との通商交渉の結果によって、実用性と乖離した技術開発指向にシフトしていた。

 1989年5月、日本の技術革新の速度を恐れた米国は包括貿易法「スーパー301条」に基づき、日本に対して衛星、スーパーコンピューター、林産物の市場を開放するよう迫った。日米間の通商交渉で、日本は市場開放に同意し、1990年4月に書簡をアメリカと取り交わした。国内メーカーに限って発注できる衛星は技術開発衛星に限られ、通信衛星や放送衛星といった技術開発要素がない実用衛星は国際的に調達することとなった。

 当時、国内衛星メーカーは米メーカーに太刀打ちできる体力も技術力もなく、国際調達は事実上米メーカーに発注することに他ならなかった。そのためNASDAは国内メーカーを保護するために、技術開発を目的とした衛星計画を次々に立ち上げざるを得なかったのである。