今や多数の通信衛星や測位衛星が宇宙の軌道を回っており、企業や個人はそれらを日常的に利用している。宇宙利用や開発の現状、衛星の働きについて知っておくと、間違いなく情報通信をより深く理解できるようになる。

 2008年の宇宙基本法の施行で、日本の宇宙開発は「技術開発」から「宇宙空間の利用」へと大きく舵を切った。それまで文部科学省が管轄し、新しい技術を開発して先進国に追いつくことを主眼に置いていたものを、内閣府管轄とし、政府が積極的に関与し、宇宙空間の価値を政策実現のために利用するという方針となった。

 この政策転換で正面に押し出されたのが安全保障政策における宇宙利用だった。結果から見ると、安全保障への宇宙利用を進めるために宇宙基本法を制定して体制改革を行った、と言ってもよいぐらいである。

 では、安全保障政策における宇宙利用とは具体的にどのようなものなのだろうか。それはどれぐらいの実効性があり、そして現在の政策は合理的かつ効率的なものなのだろうか。5回に分けて見ていくことにする。

非常に幅広い「安全保障」

 一般に安全保障(英語では『National Security』)というと、戦争を想定して軍備を維持拡張することと思う人が多いようだが、実際には非常に幅の広い概念だ。

 安全保障とは、広義には国民の生命・財産、国土、国家体制、政府組織などを守ることを意味する。防災や防犯、災害救助なども安全保障に含まれるし、為替の極度の変動を抑制することは金融面での安全保障ということになる。一方、狭義の安全保障は、他国からの防衛のことを意味する。戦争を含む国家間の確執から国全体を守ること、または予想される確執に対して十分に耐えられる体制を構築・維持することだ。

 狭義の安全保障に対して、宇宙は二つの面で関係する。「情報」と「妨害・破壊」である。

 情報というのは、宇宙空間という場所の特性を生かして安全保障に役立つ情報を得たり、流通させたりするということだ。宇宙から地上を監視する偵察衛星はその一例だし、通信衛星を使って地上のインフラがないところで情報を共有するというのも、安全保障にとっては重要な役割だ。

 妨害・破壊というのは、逆に宇宙空間の特性を生かした利用を阻害することである。衛星との通信を阻害するジャミングが代表例だ。また、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃するミサイル防衛は破壊の範疇に入るだろう。

 かつては、敵対国の衛星を破壊したり捕獲するという試みもあったが、衛星破壊は大量の宇宙ゴミ(スペースデブリ)を発生させ、人類の宇宙利用全体を危うくすることが判明したので、禁止の方向に向かっている。なお、ミサイル防衛による破壊は、地表に落下する弾道軌道を飛ぶICBMに対するものなので、デブリはほどんど発生せず、破片は地表に落下する。

 妨害・破壊は「宇宙空間の特性の利用を妨害する」ということなので、本稿では主に「情報」の側を扱うことにする。どんな種類の衛星が運用されているかを見ていくとしよう。安全保障に関係する衛星は機密のベールに覆われていることも多いが、それでも現在ではかなりの情報が公開されている。