2016年1月、日本におけるプライバシー保護の砦となる第三者機関「個人情報保護委員会」が発足した。データ利活用とプライバシーをめぐる様々な紛争を一元的に取り扱い、「匿名加工情報」を含めたデータ利活用のルール作りを主導する。

 とはいえ、第三者機関が守るべきプライバシーの理念が不明確のままでは、期待される機能を果たすことは難しいだろう。

 これまでのデータ利活用ルールに関わる議論は、第三者機関の設置を目指した議論に集中する一方、そもそも守るべきプライバシーとは何か、理念についての議論がおそろかになっていた感は否めない。

 本連載の第1回では欧州と米国のプライバシー理念の違いを、第2回では、日本で「個人情報」という概念が生まれた経緯を紹介した。

 第3回では、日本ならではのプライバシーの理念とはどのようなものか、個人情報保護委員会にどのような役割を期待するかについて、第1回に登場した中央大学 総合政策学部 准教授の宮下紘氏と、知的財産権が専門でプライバシー法制についても意見を発信する東京大学 先端科学技術研究センター 教授の玉井克哉氏に話を聞いた。

 そして最後に、個人情報保護委員会の現時点での権限や所掌事務について、個人情報保護委員会 委員長の堀部政男氏の談話を紹介する。

日本のプライバシー理念は「尊重」と「エチケット」~宮下紘氏

欧州のプライバシー理念が「尊厳(Dignity)」、米国が「自由(Liberty)」とすれば、日本が取り得る理念は何でしょうか。

中央大学 総合政策学部 准教授の宮下紘氏
中央大学 総合政策学部 准教授の宮下紘氏
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 日本なりのプライバシー理念を一つ挙げるとすれば「尊重(Respect)」ではないでしょうか。個人情報保護法第三条でも「個人の人格尊重の理念の下に」とうたっています。尊厳や自由ではなく、個人を尊重し、お互いの私生活へ過剰に入り込まない、もっと言えば、相手を尊重するエチケットとしてのプライバシーが、日本のプライバシー観だと考えています。

 例えば、書籍中に過去の犯罪歴を実名で書かれたとして、ノンフィクション作品の著作者をプライバシー侵害で訴えた裁判で、1994年に最高裁判所は「新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益」を認める判決を下しました。今の「忘れられる権利」にも通じる話ですが、この利益は人間の尊厳とも、政府からの干渉の排除とも違う、「個人の生き方の尊重」から生まれたものではないかと思います。