吉岡直人です。大ヒット中の映画「シン・ゴジラ」はもうご覧になりましたか? 僕はなんだかんだでもう3回も見てしまっています。シン・ゴジラは「ゴジラ」を未曾有の大災害に見立て、それがもし日本を襲ったらどう対処する? という物語で中身についてはこれ以上触れません。ただ、劇中でとても印象深かったのが日本人の真面目さと努力家すぎる部分です。

日比谷シャンテ(東京・千代田)で展示中の「シン・ゴジラ」像
日比谷シャンテ(東京・千代田)で展示中の「シン・ゴジラ」像
(撮影=山田 剛良)
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 というのも僕は常々、日本人はコンピュータを扱うには真面目で努力家すぎる、と考えているからです。真面目で努力家で誠実なので、皆に喜んで欲しくて取りあえず結果を出そうとどんな無理でもやってしまう。しかしそれが、時として技術の進歩を妨げているように思うのです。せっかくコンピュータという自動化機械を使っているのに、かえって手間暇を増やしたりしています。人間側がほんの少し妥協すれば半分になる手間が、こだわることで3倍になったりします。

4004の昔から日本人らしい真面目さ

 少し昔話をしましょう。「日本人らしい真面目さ」は、世界初のマイクロプロセッサの誕生にも垣間見えます。マイクロプロセッサの歴史が日本の「電卓戦争」から始まったのはよく知られています。日本のビジコンという会社が電卓を開発するために、米インテルと共同開発した「4004」が世界初の実用マイクロプロセッサの一つです。

 ビジコンは計算機製品を効率よく作りたかった。そのためにプログラムを書き換えることで様々にカスタマイズできる仕組みが欲しかった。一方、インテルは安価で小型の汎用コンピュータを作りたかった。両社の思惑が一致して、世界初のマイクロプロセッサが誕生したのです。まさかこれがその後の世界をここまで大きく変えてしまうとは、誰も予想できなかったと思いますけれども。

 ここに日本的なビジネススタイルと、アメリカ的なスタイルの違いが出ています。ビジコンがマイクロプロセッサを作ったのは、電卓という具体的な商品を作るためのあくまで手段でした。電卓以外の用途は考えませんでした。インテルももちろん商品を作るのですが、それはほかの商品のための部品です。そして、直接の目的である電卓への応用以外を見込んで開発の舵を切り、世界トップの半導体メーカーになりました。

 このような姿勢の違いは、ゲームの開発でもあります。

 良く知られているように、日本のビデオゲームはほぼ全てゲーム専用機の上で大きく発展しました。一方、日本以外の国ではパソコン(PC)ゲームが無視できない割合を占めていました。このせいもあり、日本のゲーム開発スタイルは「深く掘る」方向に進み、それ以外の国では「幅を広げる」方向で進化しました。