購買履歴、位置情報、健康情報―個人に関わる情報の利活用には、ポリシーの公開や同意取得など、健全な競争環境を保つためのルール作りが不可欠である。

 にもかかわらず、日本ではプライバシー保護のルール作りは、2012年ごろまでは遅々として進まなかった。その理由をひとことで言えば、ルール作りを主導するボールを誰も持とうとしなかった、ということに尽きる。

ルール議論のきっかけは「情報大航海プロジェクト」

 パーソナルデータの保護ルールについて、国内で本格的に議論されたのは、2000年代後半のことだった。当時、経済産業省や総務省は、位置情報、購買履歴、Web閲覧履歴、健康情報などのパーソナルデータを「ライフログ」と呼び、取り扱いのルールを作ろうとしていた。

 この問題を官庁が本格的に検討した最初の例は、経済産業省の主導で2007年に始まった「情報大航海プロジェクト」だろう。このプロジェクトは当初、マスコミなどで「国産検索エンジンの開発」と紹介されていたが、これは予算獲得のための方便のようなもの。実際にはテキストに限らず画像、動画、ライフログといったデータを分析して価値ある情報を取り出す、という内容だ。今で言う、ビッグデータ分析の先駆けに当たるプロジェクトだった。

 100億円強を投じて2010年3月に終了した同プロジェクトでは、ベンチャー企業を中心にいくつかの実用化事例があったものの、多くは実用に結びつかなかった。その一方で、当時の筆者の取材にプロジェクト関係者の多くが「今はダメでも将来は実用化の芽がある」と推した実証実験があった。NTTドコモが実施した、携帯電話を通じてあらゆる行動履歴を収集、分析する「マイ・ライフ・アシストサービス」である。

 この実証実験では、位置情報の流通によるプライバシーの侵害を防ぐため、特定の個人を割り出せないようにデータをあいまいに加工する「匿名化」の技術が開発された。東京大学教授としてプロジェクトのアドバイザーを務めていた喜連川優氏(現・国立情報学研究所 所長)は当時、「(位置情報などの)ライフログ情報が、匿名化を通じてマネタイズ可能になることを実証したのは大きな成果」と語っている。個人にひも付いた生のデータを販売するのではなく、個人を特定するのが技術的に不可能になるくらいに加工した統計データであれば、プライバシー侵害の懸念なく販売し、カネに換えられるのでは、という発想だった。

 データをあいまいにして個人の特定を不可能にする技術について、経産省は「日本は世界の先端を行ける」と考え、日本の提案による国際標準化まで検討していた。

 だが経産省は、情報大航海プロジェクトの枠内では、具体的なルール作りまで手を出さなかった。「民間企業の自主性に任せるべき」と、企業側にボールを手渡したのだ。そこで、同プロジェクトを引き継ぐ形で2010年7月、業界団体「次世代パーソナルサービス推進コンソーシアム」が本格的に活動を始めた。