「読者のことだけを考えて書け」

 30年前の1985年4月、記者になった当初に先輩からこう言われた。有り難い教えだったが実践は容易ではなかった。

 「読者」が誰なのか、まずそれを知る必要があった。日経コンピュータ誌の編集部に配属され、当時の編集長から「我々の読者はEDP部門」と説明を受けた。EDP部門とは企業や団体の中でコンピュータに関わる諸々を担当する部署である。

 日経コンピュータの読者全員がEDP部門に所属していた訳ではない。EDP部門にコンピュータやサービスを売り込むコンピュータメーカー、計算センター、ソフトハウスの社員も読んでおり、後者に関する記事も掲載していた。コンピュータ業界に関わる記事も情報システム部門に役立つという考えからであった。

 死語が複数出てきたので説明する。記者になって数年後、EDP部門を情報システム部門と表記するようになった。最近はIT部門と呼ぶことが多いがITやEDPは情報システムに含まれるから情報システム部門と書き続けている。同じ理由でITエンジニアではなくシステムエンジニアを使いたい。

 コンピュータメーカー、計算センター、ソフトハウスという名称も使われなくなりIT企業やSIerなどと呼ぶ。SIはシステムインテグレーションの略でITや計算やソフトより広いからこちらを使えば良さそうだが思うところあって使っていない。

 当時の日経コンピュータ編集長から読者の定義を聞き、「情報システム部門のことだけを考えて書け」ばそれで良かったかというと違った。情報システム部門に役立つと思う話を取材して記事を書き、先輩に提出すると「出来が悪い」と叱られ「読者のことだけを考えて書け」と言われてしまう。

 読者は情報システム部門ではなかったのか。先輩は別の指摘をしていた。「読者のことだけを考えて書け」を言い換えると「お前は読者以外のことを考えて書いている」となる。先輩が怒っている時の「読者以外」は「情報システム部門以外」ではなく「取材先」を指していた。