「東京・丸ノ内のビジネス街を『ソフトウエアの工業地帯』と呼ぶ」

 ある記事の一節だが「ソフトウエアの工業地帯」という言葉も、それが丸ノ内を指していることも知らなかった。

 記事の題名は『日本のソフトウエアはここまで来た』、分量は5と3分の2頁、掲載場所は日経ビジネスの1969年10月号であった。この号が一番初めに発行された日経ビジネスである。

 2月25日に公開した拙文『『日本のソフトウエアは米国をしのぐ』から45年、一体どこまで来たのか』でこの記事を紹介した。「日本のソフトウエアは米国をしのぐ」とは同記事に出てくる別の一節で、それに刺激を受け、一文を書いた。

 ただし記事全文を読んではおらず、日経コンピュータの原隆記者が書いた『iPhoneを買ったら偽物だった』)から孫引きした。2月27日に原記者から1969年当時の記事を渡してもらい、週末に全文を読むことができた。

 実に面白かった。(『ソフトウエア、それが問題だ ~ Software matters』)というお題で本年執筆すると年初に宣言していたから余計に興味深かった。45年前の記事を紹介しつつ、考えたことを記してみたい。

1969年、ソフトウエアをどう定義したのか

 冒頭に掲げた「東京・丸ノ内のビジネス街を『ソフトウエアの工業地帯』と呼ぶ」という一文を読むと、1969年当時、丸ノ内にコンピュータソフトウエアを開発する企業が集まっていたかのようだ。無論そうではない。

 「ソフトウエアの工業地帯」のソフトウエアとは「情報」なのである。丸ノ内のビジネス街で情報が大量生産されていた。そういう意味なら2015年においても工業地帯は残っている。

 同記事は「情報」を極めて広義にとらえていたから、紹介した書き方になったようだ。「最も広義な解釈」を紹介しよう。