「Silicon Valley is coming(シリコンバレーがやってくる)」――。米JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO(最高経営責任者)は2015年4月に送付した「株主への手紙」のなかで、スタートアップ企業が提供する金融サービスへの危機感を露わにした。米国の大手金融機関のトップの言葉は、テクノロジー発の新しい金融サービスFinTechの影響力を物語る。

 FinTechの波は日本にも押し寄せている。金融関連サービスに参入するスタートアップ企業が次々と誕生し、大量の顧客を抱えるサービスも出てきた。今まで静観を保ってきたように見えた銀行も一斉に動き出している。共栄と対立の構図が混じり合うFinTechをキーマンはいかに見ているのか。三菱UFJフィナンシャル・グループの柏木英一デジタルイノベーション推進部長に聞いた。

(聞き手は岡部 一詩=日経コンピュータ


三菱UFJフィナンシャル・グループの柏木英一デジタルイノベーション推進部長
三菱UFJフィナンシャル・グループの柏木英一デジタルイノベーション推進部長
1987年早稲田大学政治経済学部卒業後、三菱銀行(現 三菱東京UFJ銀行)入行。米国マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了。インターネット草創期より金融IT関連の戦略立案・商品企画開発業務に携わる。2009年、三菱東京UFJ銀行企画部経営情報室長、2011年に同IT事業部長に就任。2014年には、金融審議会専門委員(決済業務高度化に関するスタディ・グループ)も務める。2015年三菱UFJフィナンシャル・グループおよび三菱東京UFJ銀行デジタルイノベーション推進部長。(写真:新関 雅士)
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金融業界に革命の嵐が吹き荒れていますね。

 FinTechの本質は、金融ビジネスそのものの変質。そう考えています。銀行は昔から業務効率化やサービス向上のために、ICT(情報通信技術)を積極活用してきました。ただし、ビジネスの対象は銀行にもともとあったものが大前提でした。ライバルもあくまで同業だったのです。

 ところが大手のインターネット事業者や流通業者がここ数年で金融業に乗り出し、最近はスタートアップ(新興)企業も参入するようになった。我々にとっての競争環境が、間違いなく変わってきています。

 こうした流れのなかで「銀行がなくなる」と極端なことを言う人がいます。音楽配信サービスの登場でCDショップが減ったり、米アマゾン・ドット・コムのEC(電子商取引)サービスによって本屋が少なくなったりした現象と重ね合わせているのでしょう。直近では運輸・交通業における、「Uber(ウーバー)」、ホテル業での「Airbnb(エアビーアンドビー)」の影響力でしょうか。

 ただし私は、銀行がFinTech企業に全て取って代わられる世界が来るとは思っていません。思慮深いFinTech企業も、同じように認識しているはずです。それは米国でも同じでしょう。

 金融の根本にあるのは「信頼」「信用」「安心」「安全」です。社会問題にもなっているサイバーセキュリティひとつとってみても、しっかりと対処しなければなりません。マネーロンダリング対策なども必要です。

 今の金融機関は、相応のコストをかけてこれらに対応してきました。銀行員を20年以上やってきた経験上、金融は「そんなに甘い世界ではない」と私は考えています。既存の金融機関が果たすべき基本的な役割は、今後も変わらないはずです。