「Silicon Valley is coming(シリコンバレーがやってくる)」――。米JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO(最高経営責任者)は2015年4月に送付した「株主への手紙」のなかで、スタートアップ企業が提供する金融サービスへの危機感を露わにした。米国の大手金融機関のトップの言葉は、テクノロジー発の新しい金融サービスFinTechの影響力を物語る。

 FinTechの波は日本にも押し寄せている。金融関連サービスに参入するスタートアップ企業が次々と誕生し、大量の顧客を抱えるサービスも出てきた。今まで静観を保ってきたように見えた銀行も一斉に動き出している。共栄と対立の構図が混じり合うFinTechをキーマンはいかに見ているのか。MITメディアラボの伊藤穰一所長に聞いた。

(聞き手は原 隆=日経FinTech


MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏
MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏
1966年、京都生まれ。少年時代を米国で過ごし、シカゴ大学などで物理学を学ぶ。ベンチャーキャピタリストでありエンジェル投資家の顔も持つ。 過去に、米ツイッター、米シ ックス・アパート、米キックスターターなどに投資してい る。2011年、日本人として初めてマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの第4代所長に就任した。(写真:Koichiro Hayashi)
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FinTech革命が巨大なうねりとなって日本でも話題になっています。この流れをどう見ていますか。

 そうですね。まず、FinTechそのもののムーブメントは実は古くからありました。それこそインターネットの登場以前から起きていることなんです。ブロックチェーンのアイデアも、個々のパーツを見ていけば昔からあるいろいろなアイデアだったりします。

 FinTechが今盛り上がりを見せているのは、コンピュータの処理速度が向上し、様々な要素がタイミングよく合わさっているからです。こうした中、生まれたのがビットコインでした。ビットコインは最初のFinTechアプリケーション。コインをマイニング(採掘)する活動や仕組みは、極めてよく出来た仕組みでした。だからこそアーキテクチャーができあがり、そして普及し始めたわけです。

ビットコインはインフラ、様々なアプリが巣立つ

ビットコインについてどんな評価をしているか教えてください。

 インターネットが登場した当時を振り返ると、まずメディアやEC(電子商取引)で革命が起きました。同じようにブロックチェーンは、これから契約書や資産譲渡などの分野をテクノロジーの力で変革していく可能性があります。

 これから先、ブロックチェーンもビットコインも、システムそのものが進化していくでしょうし、はっきりと何が起こるか現時点では予測はできない。電子メールが普及した結果、その後想像だにしなかったアプリがインターネット上で生まれてきました。ビットコインがブロックチェーンを普及させれば、様々なアプリが生まれてくるとみています。

つまり、FinTechの分野を支えるようなインフラになる、と。

 インターネットが登場した最初の時点と同じ状況なんですよ。何に使うかみんな最初は分からなかったでしょう? しかしインターネットが普及した結果、広告やECなどに対して大きな衝撃を与えていきました。ブロックチェーンもインフラとして、法律や契約、銀行の姿に幅広い影響を与えると思っています。

 ビットコインそのものも何らかの形で残り続けるでしょう。様々なネットサービスやアプリが生まれた今も、電子メールが残って使われているいるように、です。気になるのは、その周辺でどんな発展を遂げるか。既に米国では証券取引所や社債市場でブロックチェーンが使われ始めています。ブロックチェーンにとっての「eBay」(注:米大手EC事業者)、つまり象徴的に便利さを感じるサービスは何なのだろうと、今からわくわくしています。