多くの企業が実施している交流人事も、様々な問題を抱えている。ある企業は、事業部門とIT部門との間で人材の交流を積極的に行っている。事業部門からIT部門へ配置転換し、数年ほどIT部門の業務を経験させることによって、ITリテラシーの向上を意図してのことだ。ITリテラシーを向上させた人材が、事業部門に復帰することで、業務もITも分かるハイブリッドな人材を育成しようというのが経営の狙いである。

限界があるローテーション政策

 ところが、IT部門に異動した人材がなかなか事業部門に復帰しないケースが出てきたという。IT部門に異動した人材が優秀だった場合、IT部門の上司が「今IT部門から異動させると、業務が滞る」と主張し、この人材を抱え込んでしまうのだ。IT部門としては、目の前のことで手一杯となり、残業続きの状況。異動してきた優秀な人材はまさに「救世主」で、手離したくないと考えるわけだ。

 この人材は所属していた事業部門の業務をよく知っているので、その知識や経験をIT部門によって利用されている形だ。事業部門との橋渡し役としても使われてしまう。いわば便利使いされているわけで、本来ならITで何ができるのかを学ぶことが重要なのだが、現実問題としてそのような機会を得られない。

 こうした状況であるため、本人は何のメリットも感じない。一時的な暫定措置と考え、元の部署へ戻ることばかり考えるようになる。ましてIT部門のプロフェッショナルとして自覚することはあり得ない。IT部門への異動が決まると、不幸だと思う人さえいるという。

 他の事例では、トレーニー制度を立ち上げ、短期(最長で1年)的にIT部門から事業部門へ修行に出す施策を実行している企業がある。しかし、本人と周囲にその目的が徹底されていないため、事業部門の業務の手伝いをさせられたり、部内のPCやネットワークの不具合への対処を依頼されたりするばかりで、業務全体を鳥瞰する視点を持てるようになるという本来の目的は隅に追いやられている。

 異なる環境に送り込むのは良い施策とはいえ、ただ送り込むだけでは必要な人材の育成にはつながらない。本当にIT人材を育成したいのであれば、戦略的に行うことだ。会社としての方針を明確にし、それを組織と本人に伝え、将来の幹部候補としての育成を施すべきである。そうした戦略性の無い交流人事は、意味が無いどころか、人材のモチベーションに暗い影を落とす結果になりかねないのだ。