「君はちょっと年くってるから経験者としてやってもらう」

 新入社員の研修を終え、初めて現場に出る直前、営業担当の先輩からこう申し渡された。何を言っているのかまるで分からない。そもそも先輩は「今から職歴を説明する」と言った。新人の自分に職歴とは一体何だろう。

 年をくっていたのはその通りであった。私は10代の終わりに大病をしたため、何事にもやる気を失い、進学もせず、今で言えばフリーターになり、社会からほとんどドロップアウトしていた。その後、一念発起して専門学校でプログラミングを学び、あるソフトハウスになんとか入社したとき、私は23歳になっていた。

 現場の経験はまったくない私であったが、そのソフトハウスは高く売れるとふんだらしい。営業が偽の職歴を用意し、未経験者の私を経験者に仕立てて貸し出すという。営業が勝手に書いた私の職歴欄には「原発の制御システムを開発した経験がある」と記載されていた。

 原発のことなぞ何も知らない。さすがにまずいと思い、「質問されたら『分からない』と言いますよ」と営業に伝え、この職歴は勘弁してもらった。営業はこういうことに慣れているらしく、すぐに別の職歴を出してきた。

 今度は「金融系システムの開発経験あり」と書かれていた。まだ納得がいかなかったが、しぶしぶ経験者のふりをすることに同意した。

 こうして私は経験者としてまあまあの高値で売られたらしい。給料は新人なので薄給であった。原価が安く、適当な値で売れる私のようなパターンが一番利鞘を稼げたらしい。そういうことが分かったのは大分後になってからだ。

 安い人件費の社員を高く売り、その差額で利益を捻出することで、経営が何とか成り立っている。当時はそうしたソフトハウスが存在していた。技術の世界というより、単なる人買いと人貸しの世界だった。職歴詐称は業界の暗黙の了解事項であったらしく、ばれそうになってもそれが大きな問題になることはなかった。

 私が派遣のSEやプログラマをしていた頃、職歴詐称は大抵ついて回った。職歴について厳しい追求を受けたことはなかったが、面談をすれば当たり前に「以前どんな仕事をしていたか」と聞かれる。その時はなんとかしのげるにしても、一緒に仕事をするうちに世間話くらいはするようになり、ぼろが出てしまったこともあった。職歴詐称をし続けるのは精神的にとても疲れることだった。

カリスマ社長の訓示に少し感動

 私は現在、あるサービス業で業務管理全般を担当している。情報システム担当として入り、基幹システムの再構築を手がけた後、現場で様々な業務を担当した。ユーザー企業にいるわけだが、もともとはコンピュータ業界、今で言うIT業界にいた。

 ソフトハウスに入社し、業界に足を踏み入れたのは1988年で、その当時はちょっとしたバブル景気だった。今思うとあれは何だったのだろう、「SEやプログラマが数10万人不足する」といった見出しの記事が新聞に時々載っていた。