いわゆる“声の大きい”管理職にPCを使ってもらおうと考えた。当人が不在の時にPCを机に設置し、翌朝、使い方を説明しようと管理職の席まで行った。なんとPCは無くなっていた。驚いて辺りを見ると、机の横の床に外されたPCが無造作に置いてあった。

 稼働してまだ数年しか経っていない全社システムの再構築を決め、開発を進めていた際の忘れられないエピソードである(再構築の経緯は『「廃棄しかないか」、せっかく作ったシステムを同志と作り直すと決めた話』を参照)。技術には関係ない、かなり原始的な、しかもお恥ずかしい話だが紹介したい。

 冒頭の記述でお分かりかと思うが、まだPCが社内に普及しておらず、「1人1台のPC」「PCでペーパーレス」といった言葉が流行っていた一昔前の話だ。1996年に再構築の準備を始めたとき、せっかくやり直すのだから、全社の情報インフラも整備しようという思いを抱いた。Windowsが幅をきかせていた時代だった。

 ちなみに再構築には当時話題になっていた西暦2000年問題へ対処する狙いもあった。既存システムの改修ではなく、全面再構築によって解決したかった。このため、作り直した全社システムのカットオーバー時期を1999年11月に定めた。

 ソフトハウスで派遣のSEやプログラマーをした後、ユーザー企業に転職した私は「1人1台のPC」という言葉を聞いて隔世の感を抱いた。派遣であちこちの企業に行かされた当時、開発現場には汎用機に繋がった高価なエントリー端末が数台しかなく、入力作業が必要な際には奪い合うように代わる代わる端末の前に座り、キーボードを叩く情景が当たり前だったからだ。

「俺にはこんなものは必要なかった。これからも必要ない」

 PCを設置する際、順番に気を使った。本来なら使用頻度の高い各部署のキーパーソンに優先的に設置してあげたかったが、それはそれで社内政治上、問題が出るだろうと推測した。たかがPCの設置順で大袈裟な、と思われるかもしれないが、そんな些細なことであってもキーパーソンたちが各部署の上司や同僚から色眼鏡で見られる恐れがあった。

 まず管理職、それも社内で「声の大きい」管理職から順にPCを設置していくことにした。そういう管理職の一人のところへ、システム部門の部下とともに、PCを抱えて設置に行った。その時はたまたま不在であったが、管理職の部下が上司の机を綺麗に整理しておいてくれたので、設置作業はスムーズに終わった。PCの操作方法について翌日、改めて説明にうかがうと伝言し、引き上げた。

 「こちらが気を遣っていることくらい、わかってくれるかな・・・」

 こんな甘い期待を持ったが、そんな思いは翌日こなごなにされることになる。冒頭に書いた通り、翌朝、その管理職のところに行くと、設置しておいたPCが外され、床に置かれていた。管理職は既に外出していたので周囲に聞いてみた。出社してきた彼は机の上のPCを見たとたん、不機嫌になり、「こんなもんいらん! どけろ!」と怒鳴りまくったそうだ。周囲が慌てて机の上から撤去し、とりあえず床に下ろしたという。