このところ「デザイン思考」あるいは「デザインシンキング」という言葉を目にする機会が増えた、と思う人が多いのではないか。中身をよく知らない人がこの言葉に接したとき、「モノか何かをデザインする際の思考法」と即断してしまい、「美術とは縁のない私には関係なし」と早合点することもあるに違いない。

デザイン思考の本質について語れますか?

 ところが、このデザイン思考が一般的なビジネスの現場に浸透し始め、ヤフーなどといった大手IT企業も採用するに至っている。では、そもそもデザイン思考とは何なのか。実はこの思考法、アイデア発想とも大いに関係があるのだ。

 私たちは「デザイン」という言葉をごく一般的に利用する。ただし、デザインに対する一般的な認識とは美術と直結したもので、図工や絵画が不得意だった人にとってはどこか敬遠したくなる言葉に違いない。しかしながらデザイン思考とは、図案や意匠を考えるための思考法ではない。

「イノベーションを生み出すために卓越したデザイナーの思考法を活用すること」

 これがデザイン思考の最も基本的でシンプルな定義になると言ってよい。ちなみに、ここで「イノベーション」という語を使ったが、そもそもイノベーションはアイデアから始まることを思い出してもらいたい(関連記事:[第1回]アイデアが出来上がるまでのプロセスを理解する参照)。だからデザイン思考の定義にある「イノベーション」の語は、「アイデア」に差し替えても支障はないのである。

 ところで、デザインとは「生活に必要なモノを作るに当たっての総合的な計画や設計」(平凡社『現代デザイン事典』より一部改変)を指す。図工や絵画、あるいは製品の形状のみがデザインの対象ではない。手にも取れる製品はもちろんのことサービス、イベント、経験など、私たちが生活に必要とするあらゆるものがデザインの対象になる。

 そして、私たちが必要とするものを、卓越したデザイナーの思考法を活用して、より便利にする、より使い勝手をよくする、使用体験を劇的に向上する、といったことを実現することでイノベーションにつなげようとするのが、デザイン思考の基本的な態度なのである。

 このデザイン思考を世に広めた中心的存在が、米国のデザイン会社IDEO(アイディオ)である。IDEOが提唱するデザイン思考の特徴はいくつかあるのだけれど、その最大のものがイノベーションの実現に人間中心主義を据えている点だ。

 IDEOの中心メンバーであるデイヴィッドとトムのケリー兄弟は著作『クリエイティブ・マインドセット』(日経BP社)の中で、イノベーションの実現には次の3つの要素が欠かせないと説く。

 (1)人(有用性)
 (2)技術(技術的実現性)
 (3)ビジネス(経済的実現性/持続可能性)