人生はいわば選択の連続と言える。しかしいいのか悪いのか、情報過多の現代にあって、最大の満足を得ようとする人は、時として選択不全すなわち「選ばないことを選ぶ」場合が多々ある。これは製品を売る人々にとって深刻な事態だ。ここでは行動経済学の観点から「選んでもらう」ための発想術について考えたい。

「選ばないことを選ぶ」理由は選択肢過多

 全盲の社会心理学者シーナ・アイエンガーはコロンビア大学ビジネススクール教授である。NHKの「Eテレ」で不定期に放映する人気番組「白熱教室」で取り上げられた人物だ。だから知っているという人も多いに違いない。

 アイエンガーの名前を一躍有名にしたのはスーパーマーケットで実施したジャムの実験である。アイエンガーは、高級スーパーマーケット「ドレーガーズ」のメロンパーク店の協力を得て次のような実験を行った。スーパーの目のつく場所にジャムの試食コーナーを設け、数時間ごとに提供するジャムの種類を6種類と24種類に変更した。そして試食した顧客にはジャムの購入に使える一週間有効のクーポンを提供した。

 ジャムが24種類のときは、242人の買い物客が試食コーナーの前を通り過ぎた。そのうち60%(145人)が試食コーナーに立ち寄った。

 これに対して6種類のときは、試食コーナーの前を通った客は260人で、そのうち40%(104人)しか立ち止まらなかった。この結果だけ見ると種類が多い方が盛況のように思えるだろう。

 しかし、試食コーナーで配布したクーポンを実際に使った人を集計してみると、6種類の試食に立ち寄った客はその30%(31人)がクーポンを利用してジャムを購入したのに対して24種類の試食に立ち寄った客がクーポンを利用した割合はわずか3%(4人)にしか過ぎなかった。

 この実験からアイエンガーは、確かに人の興味を引くにはジャムの種類が多い方(言い換えると、選択肢が多い方)が好ましいようだが、その後に続く購買のことを考えると、選択肢がある程度限定されている方が、効果があるのではないか、と指摘する。選択肢の多さは必ずしも売上の増加につながらないのである。選択肢があまりに多いと、人は「選ばないことを選ぶ」ようになるわけだ。

 以上の実験から「ドレーガーズ」メロンパーク店の店長は一つの対策を打った。試食コーナーを展開する場合、品ぞろえを豊富にするのではなく、特定のブランドやラインナップのように、選択肢を少数限定で紹介するようにしたのである。

 これはマーケティングに貴重な教訓を与えてくれる。いまや消費市場は情報過多である。私たちは何を選ぶのが最適なのかなかなか決められない状況にある。そういう意味でマーケターは、選択肢を増やすのではなく、選択肢を絞り込むことも学ばなければならない。