経済学の一分野に行動経済学がある。経済学に心理学の知見を活用した比較的新しい学問ながら、すでに幾人かのノーベル経済学賞受賞者を輩出する注目の分野だ。ここでは行動経済学をアイデア発想の着眼点にするテクニックについて考えたい。

行動経済学の理論をアイデアの根拠にする

 従来の経済学ではあたかも「ミスター・スポック」(映画「スタートレック」に登場する宇宙人)のごとく、何ごとも合理的に行動する経済人を念頭に経済モデルを構築してきた。

 経済人、別名ホモ・エコノミカスはとにかく経済的合理性を旨とするのが特徴だ。たとえば、ある女性に2人の花婿候補がいた場合、この女性が経済人ならば資産の多い花婿を選ぶだろう。そちらのほうが経済的に得だからだ。

 あるいは、夏祭りの余興でじゃんけん大会があったとする。勝ち残ったのは経済人のオジサンと幼稚園の男児である。じゃんけんに勝てば素晴らしい賞品がもらえる。こうしたシチュエーションでは、わざと大人が子どもに負けるものだ。

 しかし経済人は子どもであろうと容赦しない。というのもじゃんけんに勝って賞品を手に入れた方が経済的に得だからだ。じゃんけんに負けた子どもが大泣きしていても経済人のオジサンはどこ吹く風である。

 経済人を基礎にした経済モデルは経済の基本原理を説明するのに使い勝手がよい。しかし、常識的な女性ならば資産だけで花婿を選ばない。また、子どもに配慮してわざとじゃんけんに負けるオジサンもいる。このように従来の経済学ではどうしても説明できない経済事象が多数存在した。経済学ではこれらの事象を「アノマリー(例外)」として脇に押しやってきた過去がある。

 ところがこうしたアノマリーも、人間の心理学的側面を加味しながら検討すると、問題が解消することがわかってきた。つまり経済人を感情のある存在、いわば限定的に合理的な存在と考えて、この人間像をモデルとして経済をとらえる立場だ。このような立場をとるのが行動経済学の態度にほかならない。経済学と心理学の融合を試みていることから心理経済学と呼ばれることもある。

 では、この行動経済学がなぜアイデア発想に関係があるのか。

 理由はいくつもある。まず、人間がもつ限定合理性をあらかじめ理解していたら、それに即したアイデアを発想できるだろう。発想のための着眼点として重宝する。

 また、行動経済学にしろ、すでにふれたゲーム理論にしろ、それぞれ独自の視点がある。一方、レオナルド・ダ・ヴィンチは、同じ問題を少なくとも3つの視点で見ることが重要だと言ったという。ダ・ヴィンチの主張が正しいとすると、行動経済学やゲーム理論の考え方は、私たちに視点を変えて問題を見る、いわゆる「視座」を提供してくれる。この態度は問題解決の方針を異なる視点で発想する水平思考にも通じるものだ(関連記事:[第10回]行き詰まったら方向転換、エドワード・デ・ボノの「水平思考」をものにせよ!)。

 さらに、学問として成立している行動経済学やゲーム理論を根拠にしたアイデアには論理的な説得力が高まる。そのため思いつきのアイデアと実現力の点で大きな差が出ると言ってよい。